2006.5.27
■立命館大学経済学特殊講義・法政特殊講義〜無題
0、はじめに。
今日の講義は社会の改革をしようとする若者たちのためにします。あなたたちへの講義はきょういちどきりだから、具体的な西宮市議会でのローカルな改革ストーリーではなく、改革というものに現場で取り組むということに関する抽象的な政治哲学をはなします。
改革とは困難なものです。わくわくするようなものではありません。改革の道に希望の光はありません。絶望に塗れた荊の道です。楽しかったりやりがいがあったりする仕事ではありません。ただ苦しいだけの仕事です。
ではなぜ私はそれに取り組むのでしょうか。それはただただ使命感です。歴史からもらった、果たすべき役割に対する情熱です。
これから改革を志そうという人はいったん考え直した方がいいです。夢と希望に胸をふくらませている人は。いまで政治の世界に入って丸七年になります。六年目の途中で一度、壊れたことがあります。
いくらやっても何も変わらない。でも、自分は持っているもの全てを「西宮という戦場での政治改革」に賭けてしまっているから、もう退けない。自分のすべてを無駄にしてしまったのではないかという恐怖に、生きている意味を見失って、全部を辞めかけました。つまり、死んでしまおうと思いました。ただ、現にここに私はあなたたちの前に立っており、死んではいません。
政治に限りません。ほんとうの「改革」ということには、強い意志と哲学を持った人間の人生が少なくともひとつくらいは必要です。あなたは、自分の人生をひとつ使い果たしていいと思っているかどうかを確認してください。それでも改革をしたい、と思っている人に捧げようと思って今日の講義をおこないます。
具体的な話は少ないです、残念ながら。今日お話しするのは、自分が壊れかけたときに何を考えたか、という思考についてです。死んでしまおうと思うほどの絶望からどのように生還したかについてです。厳しい仕事には、技術や戦略だけではなく、哲学や、根本的発想の設計が不可欠です。
今日のストーリーは、「民主主義は真にあらまほしきものか」という、現代の日本においては禁忌とされるであろう、しかしながら再確認するべき特別重要な主題を起点にして、地方議会での改革をどう発想するかという話をさせていただきます。
1、民主主義は真にあらまほしきものたり得ているのか
1-1 「地方議会の形骸化」という主題からの議論の出発
1-1-1 議会は絶対権力機関ではない
政治家にも役所にも首長にも市民にもそれぞれの役割があります。政治家としては、その範囲内の仕事と範囲外の仕事をきちんと分けて考えることが必要です。そうしないと、大変なストレスに悩まされることになります。それはなぜか。それは、解決しないからです。議員になったばかりのときにはそれができていなかったのです。議員になったら、なんでもできると思っていました。革命家になったと勘違いしていたんです。その頃は辛かったです。問題の原因や課題が何か一点に集中していることはありえません。それぞれの場で、それぞれの責任で、何ができるのかを考えるべきなのです。
1-1-2 機能していない二元代表制
憲法93条に、二元代表制という規定があります。
「地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
2 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。」
自治体の議員と首長の双方の直接公選制を定めているのです。これを二元代表制といいます。
因みに国会は議院内閣制であり、二元代表制ではありません。執行機関である内閣は、議会が選びます。そして、与野党のバランスの中で政策を議論するのです。私たちが内閣や総理大臣を直接選べるわけではありませ。私たちが選んだ国会議員が、内閣を選ぶわけです。私たちの「選択」は「議員の選択」という一元になっています。昨今、政党マニフェスト運動がおこり、政策オリエンテッドな選挙の萌芽が見て取れます。これは、やっと、議員内閣制を日本人が少しばかりは理解し始めたということでもあります。
国政では、政党は、政策と実現を担保して選挙を行います。そして、選挙で多数を取った政党が執行機関を生成して強力に政策を推進するのです。ところで、国会で「数の論理だ/強行採決は民主主義を踏みにじる行為だ」などという輩がおりますが、これは全くの本末転倒です。それこそ民主主義を根底から覆すただの暴論です。選挙に負けた政党、つまり野党には政策執行権がないのは当然です。それが選挙で顕かになった民意であるからです。野党の役割は、与党に対して常に対案を明示し続けて国民の選択権を保障することであり、現状の執行に割り込もうとすることはルール違反といえる行為です。少し横道に逸れましたが、議員の選挙の結果がそのまま執行機関の選択に繋がる、それが議員内閣制です。
それとは違って、地方議会では、二元代表制を取っているのです。首長も議員も、同じく正当に民主的手続きによって選出された「市民の代表」です。よって、この「長と議会」は、理論的には対等なのです。しかし、現実は「対等」とはほど遠いものと言わざるを得ません。
執行機関の長と、議会議員を別の選挙で選ぶということは、つまり、議会議員が執行機関を生成できるわけではないということを即ち指しています。首長には「市役所」という執行機関が下部機関として存在しているのに対し、議会は執行機関を持ちません。この時点で圧倒的な非対等性が存在しております。さらには、当然のことながら、執行能力だけではなく、政策形成能力にも大きな差が生じることになります。
もうひとつの大きな問題として、議会の意志はひとつではないということを挙げなくてはいけません。首長の絶対的なトップダウン型リーダーシップによって存在する「首長・役所連合体」と較べて、議会は、内部で数の論理による不毛な綱引きを繰り返しています。当然ながら、一枚岩とは言えません。それが「多様性の反映」としてあらまほしきものとする意見もありますが、それがあらまほしいかどうかは別として、長に対する相対的な弱体化に繋がっているのは事実です。
議会と議員では、個としてもっている「信託性」がそもそもちがいます。それは、選挙で「1人選ぶ」と「多数を選ぶ」では大きな格差があるのは当然です。平成16年に実施された西宮市長選挙では、当選者得票数は60,430票でした(有権者35万人、投票率26.8%)。一方、平成15年に実施された西宮市議会議員選挙における最下位当選者の得票数は1,748票(有権者35万人、投票率41.4%)。これでは「どちらの言うことが尊重されるべきか」に差があるのは当然といえます。
それ以前に、地方議会は理論的には「立法機関」ではあるが、一切の立法をしていないという現実があります。確かに、理論的には条例は議会の多数の賛成によって可決するので、議会はつまり最終意志決定機関だということはできます。しかし、首長が提案するほとんどの議案は否決や修正されることもなく議決するため、実質上の追認機関となっているのが現実です。もちろんその原因としては、政策立案能力不足、政策設計補助機関の欠落、派閥間の馴れ合い体質など、これまで挙げてきた重層的な問題点を顧みることができます。
一方で、「議会の役割は行政のチェックだ」ということを真顔で主張する意見もあります。これは、現代の社会に蔓延る、悪しきアマチュア主義の表現ということができます。「行政のチェック」ならオンブズマンのような輩やマスコミですらやっています。それのみによって税金でペイを受ける正当性はとても低いと言わざるを得ません。しかも、そのチェックには限界があります。よく、行政の問題がマスコミによって表沙汰になったときに「チェック機関である議会は何をしていたのだ!」という意見が聴かれますが、現実的には不可能です。そういった問題点の噴出のメカニズムとは、マスコミが「暴く」のではなく、結局は「垂れ込み」頼みとなっているからです。情報提供側からすれば、その「垂れ込み」の先としては、慎重に議論する議会などより、センセーション主義で飛びつくマスコミの方が都合がいいのは自明です。上記のことから、議会を「行政のチェック」のプロフェッショナルとおくことが難しいということは証明されたと言えます。
1-1-3 議会改革という困難
次に、弱体化した、本来の職責を果たし得ていない議会を改革するということに関して考察していくことにします。この考察において、「議会改革」ということが、現実的に困難だということが顕かになるでしょう。
そもそも、議員を選ぶのは「国民(市民)」というマスです。だから、「もっとマジメに投票しろ」と言っても仕方がありません。仕方がない、というより、不可能です。もし、「国民」があなただけなら、あなたに「もっとマジメに投票しろ」と言えばすむのですが、世の中の「国民」とは、あなたたちのような、理性的で教養があるものではありません。しかも、「国民」というものは集合名詞ですから、それを制御することは不可能です。つまり、そもそも「国民(市民)が選んだ」という時点で、能力や資質は一切担保できないのです。
さらに、当選して議員になった暁には、すべての議員は能力・哲学にかかわらず等しい職権を有してしまいます。立候補するのに、何の資格試験も必要ありません。一切の勉強をしなくても構いません。ただ、選挙という儀礼さえ通過すれば等しく「議員」という職権を有してしまうのです。議員の質というものは「国民」が選んだ剥き身のまま現れてしまうのです。
しかも、さらに恐ろしく絶望的なことに、議員を替えられるのは選挙の時だけなのです。実際に議会でしごとをしている者にとって、このような辛いことはありません。一期目に議会の現状に絶望しかけたときに、私は自分にこう言い聞かせてモチベーションを保とうとしました。「次の選挙までのがまんだ。それさえ過ぎれば市民は改めて選挙によって、メンバーを替えてくれるはずだ。」いま思えば、とんだお笑い種ですが、当時の私にとってはこれは一縷の希望でした。しかし、二期目にはいるときの選挙が終わった現実は、残酷に私の前に姿を現しました。一期目とほとんど変わらない現実が、私の目の前に存在していたのです。
現実の市議会とは、議会外の人の想像をさらに超える存在です。当然、立法とはかけ離れた存在です。議員の顔ぶれや物言いに、きっと教養のある市民は驚くでしょう。議会とは「議論の府」という理屈からはかけ離れた、議論になり得ない状態です。彼等の物言いは、しばしば、ロジックとはかけ離れたものになりがちです。いわば、そこらへんの居酒屋や井戸端で繰り広げられているイノセントな市民の物言いとほぼ同じ温度感のものが議会で見ることができます。しかも、さらに恐ろしいことに、こういった議員たちは「市民感覚と近いこと」をかえって誇ることすらあります。「民主主義」というものの理論をはき違えた「大衆と同一化」が議会で奨励されているのです(民主主義という主題に関しては次節に譲ることとする)。
しかも、質の悪いことに、この「議会」というものは、このように実質的には生産性はないにもかかわらず「市民の代表」であるという論理的正当性と、「最高議決機関」という名目的優位性を持っているため、無視することはできません。役所はこのような議会であっても、諮らずにはおれず、政策のスピードダウンを生じさせます。また、議会の半数以上を市民派などが占めている場合には、専門的な知識もなく大衆迎合した意見が政策を止めてしまうなどの障害が発生する危険性もあります。西宮市議会では多くの場合、この「政策停止」という危機は回避できていますが、他市ではそうでない場合もあると推察されます。
1-2 間接民主制からの逃避=直接民主制の論理的誤謬、或いは現実的危機
1-2-1 形骸化する議会=間接民主制の危機
このように、現実の議会政治の問題点を整理していくと、議会政治を担保している、それより一段階上位階層の概念に対しての検証も必要となってくるでしょう。それが、間接民主制という制度です。
民主主義の歴史は、古代ギリシアのポリスで誕生した直接民主制に遡ると言われます。都市国家の方針を決めるに際して、都市国家国民全員の議論によっていたという伝説です。しかし、当然ながら、この直接民主制というものは、国土の拡大、国民の増加によって実施が困難になり、間接民主制に取って代わられることとなります。
この歴史的事実の表層だけを顧みて、議会政治の危機を憂う人の中には、議会政治の問題の原因を「間接」民主制に求める人もいます。つまり、現在の間接民主制=議会政治での課題の解決を直接民主制的手法に頼ろうというものです。
果たして、議会政治の危機を救うのは直接民主制なのでしょうか。知識人を含む驚くほど多くの人が昨今傾倒しているこの議論を検証してみることにします。
1-2-2 間接民主制へのストレスと直接民主制への憧憬
とりもなおさず、日本国民のほぼすべてが、思い通りにいかない政治・機動力のない政治に対して不満を持っているでしょう。
投票率の低下によって、民意と議会の乖離、齟齬が生まれたとも言えます。しかし、最大の原因は、マスコミの煽動による慢性的な政治不信の醸成ということができます。
この煽動をおこなっている者こそが、共産党に替わる新左翼である、「市民派」という存在です。左翼は議会という間接民主制下の王道で敗北しました。当然、共産党が国会でイニシアチブを握るほど日本人は妄信的ではないからです。その敗北を受けて、左翼勢力はゲリラ的な活動へと戦略を変更することとなります。その勢力は教員とマスコミへと流入し、洗脳戦略を開始しました。それが、ことのほか成功してしまったのです。彼等は、現体制に対するストレスを醸成しました。彼等は議会で敗北したので、戦闘の場を議会外に求めました。非議会活動を煽動したのです。議会が民意を反映していないと喧伝し、住民運動や市民運動の方に主権的正当性があるかのように見せかけました。それを証拠に、自らを「市民派」と名乗りました。そして彼等は「住民投票」というものを、神聖なる神に与えられた武器として振りかざすことを始めたのです。
1-2-3 直接民主制の論理的誤謬
しかし、ここで、直接民主制的手法が真に望ましい状況をもたらす手法なのか、論理的に正当性がある手法なのかを検証する必要があります。
まず第一に、直接民主制が太古の昔に間接民主制に取って代わられた(その経緯については前節)にも拘わらず、なぜこの21世紀に再び要求されているのか、という不思議な状況についてです。
まずは、直接民主制が高度複雑化した現在の社会に相応しいかという問題を検証する必要があります。「住民投票」であらゆる事項の決定をしようとした場合に発生するであろう政治的混乱を想像することができます。二者択一のような単純な事項であれば確かにわかりやすいでしょう。しかし、その場合、その「二(場合によってはそれより多い場合もありうるが)」という選択肢は誰が設定するのだ、という問題です。もし真に住民の要求を満たすことを目的とするなら、選択肢は非常に多岐にわたるか、「選択」ではなく自由記述によるなどの手法を用いるべきでしょう。そうなれば小党乱立の極限状態になります。当然、その場合、最多得票の選択肢のみを活かして残りを殺すことになりますが、そうなった場合には、あまりにも多くの「死票」を生む結果となります。さらに、小党乱立状態になれば、意見集約や決議の不可能性も考える必要があります。議会ですら意見の集約ができず、議論の初期に述べた「足の引っ張り合い」という状況にあります。西宮の場合、46万人の住民に対して45人の議員を選んでいます。1万倍以上に濃縮した倍率であっても、議論が収束せずに状況を停滞させているというのに、直接民主制的手法に傾斜すればするほど議論の不可能性は高まるでしょう。「船頭多くして船山に上る」となるわけです。さらには、監視の不可能性からくる買収行為・脅迫行為の横行なども考えられます。
実効性に続いて、論理的正当性についての検証をすることにします。最大の議論は、「民意」の存在箇所の曖昧さを生むと言うことです。前段での解説にもあるとおり、現在の高度複雑化した社会において、間接民主制を完全に廃して直接民主制を敷くには無理があります(当然、さすがにそれを主張する議論もほとんごありません)。現実的には、議会民主制や首長公選制をそのままにして、部分的に直接民主制的手法を取り入れるということになるでしょう。そこに、論理的矛盾が発生します。現在の地方政治は(論理的には)二元代表制となっていることは前に著しました。首長も議会も直接選挙によって選ばれます。その二者が牽制しあっているのが地方政治です。そこに「住民投票の結果」という、「第三の民意」が発生します。そしてその場合、しばしばその「第三の民意」の仮想敵は首長であり、議会なのです。果たしてどれが「民意」なのでしょうか。首長も議会も民意の信託こそがその正当性の担保となっているにもかかわらず、です。ここで、この「首長」や「議会」を仮想的とする手法こそが、先述の「闘いの場を議会外に移した新左翼」の発想であることが推察されるのです。そう。ここで改めて認識しなければならないのは、日本には「市民派」の政治家しか存在しない、という事実なのです。父親も祖父も政治家の代々政治家家系の政治家だって、この日本では選挙を経なければ議員になることはできません。つまり、そんな彼だって、市民によって選ばれているのです。汚職で職を追放される悪徳政治家も、追放されるまでは市民の信託によってその職にある「市民派」の議員なのです。つまり、「首長」も「議会」も(論理的には)必要充分に民意を反映しており、市民の信託を受けているにもかかわらず、それを民意の仮想敵とすることには論理的誤謬があるのです。
1-2-4 果たして民意は真に健全かという命題
現代における民主政治の検証をしていくうちに、さらにひとつ、素朴な疑問と対峙することになります。それは、「果たして民意は真に健全か」という「身も蓋もない」命題です。
前節で議論したのは、「首長」と「議会」と「住民投票の結果」の何れもが民意の反映であるということでした。しかし「民意を反映する」ということが至上の目標、もしくは、あらまほしき状況への最短の近道ということができるだろうか、という問題は依然残っていたのです。そもそも民意は、高度複雑化した政治に対してソリューションを下せるほどに成熟しているのでしょうか。
現代において、社会は究極にまで大衆化しました。社会はセンセーション主義に走り、政治は「劇場型政治」の様相を呈してきました。日本の政治においてひとむかし前(いまもその要素は決して完全に消えたわけではない)まで必須アイテムと謳われてきた「ジバン(地縁・支持母体)・カンバン(知名度)・カバン(金)」の中にも、「カンバン」というものが存在します。太古の昔から政治には大衆迎合性は存在しましたが、民主主義が常識となり、一般普通選挙が常識となり、そして社会が情報化することによって、急激に大衆迎合性を増しました。
そして、マスコミという存在が第一権力にのし上がったことは、それに拍車を掛けたのでした。マスコミは大衆を弄び、大衆を振り回すことによってその存在を主張するようになりました。常にあたらしい「ネタ」を用意し、それを鮮烈に描き、大衆を煽動することによって、マスコミは自己の存在意義としたのです。この状況は、各国の国民性によって、表面化する姿は微妙に差違はありますが、日本の場合には「熱し易く冷め易い」という国民性となって顕著に表れました。
それをリードしたのは、大衆紙以上でも以下でもない「新聞」です(それが新左翼のあたらしい拠点とされたものだということは前述の通りです)。国民は新聞を信用し、信頼しました。「新聞を読むことによって社会に対して批判的な態度を取ること」がまるで知的であるかのような愚かしい風潮が生まれました。ある時代においては「日本国民の意見=久米宏と筑紫哲也を足したもの」となっていました。大衆は、彼らの無責任で不勉強な物言いをそのまま暗誦し、受け売りを井戸端や居酒屋やタクシーの後部座席で訳知りに話すことを「知的」であると思うようになりました。
さらに質の悪いことに、読売新聞約1,000万(世界一)、朝日新聞・約800万という圧倒的な発行部数に裏打ちされた強力な権力を握りながら、権力を握っていると明確に公言することのない"暗黙の秘密"性、また、その権力は直接行使されるわけではなく民意を操作して国民に行動せしむるという間接性によって、責任の所在は不明確なものとなっています。
つまり、現在の「民意」は責任を取るわけでもない「マスコミ」に完全に牛耳られたものであること、また、このマスコミという新権力の発生以前から、大衆は社会の方向性を決定するのに充分なほど健全で成熟しているとは言えないということなのです。さらに言うならば、それを唯一の担保に正当性を主張する「民主主義」という巨人は、真にこの世界の最終支配者となるべきかどうかには充分に議論の余地があるということの証明でもあるのです。
1-3 「民主主義」の再検証
1-3-1 オルテガ・イ・ガセット「大衆の反逆」の問題提起
地方議会政治の問題を検証するうちに、間接民主制の問題に迷い込んだ私は、遂に「民主主義」という巨人の前に引きずり出されてしまいました。ここでいよいよ、現代先進国では禁忌とされている、この「民主主義」というものに触れることになりました。つまり、「民主主義は真にあらまほしきものか」を問うことによって、現代の地方政治における私のレゾンデートルを再確認しようという試みを始めることにしたのです。
まず最初に前節で触れた大衆社会の危険性を75年以上も前に指摘していたオルテガの言葉を起点にして、議論を深めていくことにします。ところで、オルテガに関しては私は学術的に詳しいわけではないので、学術的に問題のある論理の展開をしてしまう可能性があることは予め断っておきます。あくまで、私がオルテガの文に触れて感じたことが、私にとってのオルテガのすべてであるということです。
マドリードのオルテガ・イ・ガゼットは、1930年に「大衆の反逆」という示唆に富んだ書を世に問いました。その冒頭に、彼は大衆政治の危機について触れています。
そのことの善し悪しは別として、今日のヨーロッパ社会において最も重要なひとつの事実がある。それは、大衆が完全な社会的権力の座にのぼったという事実である。大衆というものは、その本質上、自分自身の存在を指導することもできなければ、また指導すべきでもなく、ましてや社会を支配統治するなど及びもつかないことである。随ってこの事実は、ヨーロッパが今日、民族や文化が遭遇しうる最大の危機に直面していることを意味しているわけである。こうした危機は、歴史上既に幾度か襲来しており、その様相も、それがもたらす結果も、またその名称も周知のところである。つまり、大衆の反逆がそれである。
諸権利を主張するばかりで、自らにたのむところ少なく、しかも凡庸たることの権利までも要求する大衆が社会的権力の座にのぼったということを、オルテガはこの書で示しています。70年前のオルテガが「今日の」と記した危機は、この今日においても世界中で社会を悩ませており、社会はこの危機から70年間逃れることができずにいるということです。奇しくも「大衆の反逆」出版の三年後にアドルフ・ヒトラーは首相に就任することになるのです。民主主義が鬼神を生むことをオルテガは予見していたかのようでした。
1-3-2 そもそも民主政治とは何だったのか(1)ローマからのリスタート
そのような民主制というものは、果たしてどのように生まれて、どのように育ってきたのかを検証する必要があります。その最初の萌芽ともいえるローマ民主制の成り立ちを簡単に振り返ってみることにします。
当初のローマは貴族支配による共和制でした。ここで、貴族とは何だったのか、なぜその貴族は支配階級たり得たのかを確認する必要があります。当時の貴族は、自分の富によって武器を買い、騎兵となってローマを守る人々でした。彼らは、自分たちの富と自分たちの武勇で守ったローマの舵取りを共和制というかたちでおこなっていたのです。このころの平民たちはローマの防衛の戦争に参加するための武器を持ち得なかったため、政治に関わることはありませんでした。
しかし、ローマの社会と技術の発展はローマ全体に富をもたらし、平民にも戦争に参加する余裕を生みました。彼らは武器を買い、重装歩兵としてローマの軍事力にとって不可欠な存在となっていったのです。そして、その歩兵の台頭によって、貴族勢力へのアンチテーゼとしての「平民勢力」が発生したのです。ローマの防衛のために闘ったことの代償として、意志決定への参加を求めたのです。当然のことといえるでしょう。そして、平民は政治に参加するようになりました。しかし、そのうち、軍功や日常の経済活動によって、平民勢力の中にも、貴族と同等かそれ以上の権力を持つ者も登場するようになりました。そして「平民勢力のヒーロー」として民衆の支持を得るようになった者は、貴族勢力を押さえ込んでしまいます。それがポンペイウスです。そして、三頭政治、カエサル独裁と暗殺を経て、アウグストゥスからはローマは帝政になります。
ローマ史は、支配階級であったに代わって被支配階級だった平民が権力の座にのぼり、単に新たな支配階級として君臨するという歴史を示しています。
1-3-3 そもそも民主政治とは何だったのか(2)フランス革命からのリスタート
民主政治の発生起源を探るためには、フランス革命という事件の検証も忘れてはいけないでしょう。
フランス革命前夜の社会は絶対王政の末期的な状況でした。社会は、聖職者と貴族と平民という三身分に分かれていました(アンシャン=レジーム)。平民が唯一の納税層であり、その税金はブルボン王朝の無成果な外征によって消費されました(ルイ16世自身は財政改革に対して積極的でしたが、その改革は保守派貴族によってことごとく日の眼を見ることなく潰されました)。
この状況に対してルイ16世は三部会の議論によって改革を断行しようとしますが、平民層の重税に対する反発は王の想像を超えており、1789年に「人及び市民の権利宣言」が発せられるというフランス革命を引き起こします。
その後、平民層の最下層のジャコバン党が急進化し、独裁政治を行います。そしてそれに対する穏健派平民による反動や政情不安がおこります。革命は起こって、ブルボン王朝は倒せたけども、社会は安定しなかったわけです。暗い世の中で大衆はヒーローを待望、そこにナポレオンが登場し、国民投票で圧倒的支持によって皇帝に選ばれるのです。
フランス革命という一連のドラマにおいて、1789年に革命が起こり、1804年には早くもフランス第一帝政の世の中になったのです。
1-3-4 そもそも民主政治とは何だったのか
このふたつのドラマから、民主政治とは何だったのかという命題に対しての答えを導いてみるとどのようなことになるでしょうか。
まず、「なぜ民主政治が求められたのか」という問いに対する答えは、ふたつのドラマに関して共通しています。それは、貴族政治へのアンチテーゼです。支配する貴族、支配される平民というレジームに対するストレスが原因です。その場合において、平民が主に求めた権利は「支配からの脱却」というよりは「恣意的な搾取からの脱却」だったといえます。
次に、「民主政治を求めた結果はどうなったのか」という問に対する答えも、ふたつのドラマに関して共通しています。それは、あたらしい貴族の発生です。革命という大変なパワーの掛かるアクションをリードした集団の貴族化です。その中途にあるのは、革命のあとの虚しさです。革命には成功したけれども、即ち豊かな社会がきたわけではないことからの閉塞感、貴族という対立価値の消滅による平民層の中の格差を理由とする闘争の再開を収束するために、結局民衆が望むのは「新たな王」だったのです。
歴史はこれを繰り返してきたとも言えます。支配と被支配のレジーム。そのレジームの搾取システムが生むストレス。そのストレスが限界点を超えたところでの革命。革命のあとの閉塞感。閉塞感を収束するための英雄待望。それを背景にした新たな支配者の発生。そして、場合によっては、狂気のディクタトルをも生んだのです。
1-3-5 繰り返される民主主義の自傷行為という悲劇
その「民主主義が生む狂気のディクタトル」は歴史をそれほどまでに解かなくても簡単に発見することができます。先述の、ドイツにおいてナチスが権力を手にした経緯も、民主的な手法に則ってのものといえるのです。決して私兵を用いたクーデターなどではなく、1932年の大統領選(ヒンデンブルクに負けはしたものの30%の得票)、その直後の国会議員選挙でのナチス党の第一党への躍進、それに継ぐ、1933年のヒンデンブルクによる首相指名までは、形式上においては何れも民主主義的なスキームをきちんと踏襲しているのは事実です。
そこまで極端な例、かつ、歴史を遡ったものに至るまでもなく、現に今日のアメリカ合衆国においてブッシュが大統領であるという現実を考えてみれば、民主主義は果たして真に正しい選択をするのかということに関して、疑問を持たざるを得ないのです。
民主主義故に大衆の無知な選択が自らを苦しめるという事象、つまりは、民主主義の自傷行為は、歴史上繰り返されてきたのです。
1-3-6 民主主義の自明的欠陥
民主主義という制度がこれまで辿ってきた歴史を顧みるに、民主主義というものは、その存在に自明的に欠陥を有していると言わざるを得ないでしょう。それを証明する三つの虚構についてこの節で述べることにします。
まず第一に「国民(市民)が政治を選ぶ」という虚構です。例えば投票権を容易に放棄する人に対して諫めるロジックとして「民主主義とはこれまでの人間の歴史が勝ち取ってきたかけがえのないものだから」というものがあります。しかし、このロジックには些か無理があります。というのも、闘争による参政権確立という記憶はとうの昔に忘れ去られており、現代の日本の我々に特別関わりのある価値とも思えないからです。それを諫めている人だって自分の闘争によって参政権を勝ち取ったわけではありません。中には「日本の民主主義は押しつけられたものだから外国に較べて…」という人もいます。それもまた正当性の低い意見です。いまのフランスにはフランス革命を闘った人はひとりも生きていませんし、いまのアメリカ合衆国にもアメリカ独立戦争を闘った人はひとりも生きていないのです。いまの世界中のほとんどの先進国の国民にとっては、生まれたときから民主主義はあったのです。なぜ国民(市民)が政治を選べるのか、選ばなくてはならないのか、そのようなことを、現実に実感している人など、誰もいないということです。
第二には「選挙で選ばれた者は国民(市民)の代表である」という虚構です。下げ止まりを知らない投票率によって、とうとう選挙で選ばれたもの(=政治家)は国民の代表とは言えなくなってきています。政治家は国民の代表ではなく、投票に行く人間の代表にすぎないのです。一般的な日本人は投票に対して気まぐれですが、そうでない人たちが厳然と存在しているのです。雨が降ったら投票率が下がるとか、明確な政策論点があれば投票率が上がるとか、そういった話がまことしやかに囁かれていますが、そうではない集団が厳然と存在しているという事実から目を背けることはできません。自己の利益を死守しようとする特定の利益集団は、気候にも政策論点にも左右されずに忠実に投票するのです。利益集団、労働組合、宗教団体、狂信的な左翼集団などは、盲目的にしかも厳しい隣組的相互監視によって極めて高い投票率を誇ります。現代の日本における衆議院選挙の投票率は概ね6割から7割程度の数値を記録していますが、このような集団に属する人々は、しばしば100%に近い投票率を誇ります。つまり、例えば西宮市議会議員選挙において当選した45人は46万人の西宮市民と相似形ではありえないのです。こういった選挙で選ばれた議会を指して「国民の代表」というには大変な無理があります。これは、直接民主制的手法を用いる場合にも同様の結果を生むことは顕かです。現に、直接民主制的手法を部分導入する際に「公募市民」という存在が必ず発生します。誰が応募してくると思いますか?一般的には、狂信的にある政治信条を信じて居る人たち、これまで何度も紹介した「市民派」と呼ばれる左翼が多く「応募」してくるのです。つまり、「公募市民」は市民の全体像の相似形ではありえないのです。
第三に、「国民(市民)が自らにとって最適の政治を選びうる」という虚構です。民主主義が健全に運営されるためには、国民(市民)が等しく高い教育を受けて高度化し、最適の政治を選びうる判断力を有することが前提となります。しかし現実的には、その国民にとっての情報リソースは結局マスコミに頼らざるを得ず、民主主義は当然、マスコミが権力の座に着いただけの大衆政治に陥ってしまうのです。大衆は大衆によって流されるというそもそもの性質を無視して、現在の民主政治という名の大衆政治は語ることはできないのです。
1-4 実現可能性を無視した「あらまほしき状況」という仮説の設計
1-4-1 「民主制」に流れ着いた旅は正しかったのか
地方政治の問題の検証から間接民主政治の問題の検証に辿り着き、とうとう民主政治そのものが持つ問題点にまで行き着いてしまった状態では、およそこの世にあらまほしき政治形態など存在しないかのような絶望状況に至らざるを得なくなります。さらに、この状況の絶望を深めるのは、「民主制を否定するにしても、それに代わる制度が発明し得ない」という現実です。民主制を批判するのは簡単ですが、その民主制に代わるよりよい制度を設計することは現実的に困難です。もしそれが可能であるならば、智慧にあふれる人類はその歴史の途上において、その実証実験を必ず行ってきているはずであり、その実験はかつて成功したものがないという歴史的現実を顧みるだけでも、この困難を測り知ることができます。
ここで、いちどゼロベース思考で、民主制を検証する必要があります。繰り返されてきた制度の栄枯盛衰を顧み、史上あった他の制度はもう死んだのかをもういちど確認する必要があります。その際、信仰による呪縛から脱却して、論理を再設計する必要があります。現在の我々はしばしば「民主制」、「権利」、「自由」、「平等」、「現状」といったものに関して「信仰」と呼ばざるを得ないほどの絶対的信頼を持っています。この実験には、一度これらの価値をゼロに戻して再検証する必要があります。
また、代案なき再設計を許す寛容も必要です。民主制を否定するわけでもなく、信用するわけでもなく、最適の制度を検証するための実験には、「ならば何を以て至上の制度とするのだ?」という問によって議論を止めてしまうことを避けねばならないのです。
1-4-2 鼓腹撃壌
「あらまほしき社会」の姿を示すものとして、あるサンプルを紹介しましょう。うってかわって、時代は古代中国。中国史をわかりやすく楽しく解説するために創られた「十八史略」の中の一節を取り上げてみることにします。
尭帝の頃のことを記した有名な節、「鼓腹撃壌」です。
あるとき、尭帝は、添加が平安かどうかを確認しようと市井に出ます。そこで、子どもたちの歌う歌を耳にします。
立我烝民 莫匪爾極 不識不知 順帝之則
〜我が烝民を立つるは なんじの極にあらざるなし しらずしらず 帝の則に順う
〜私たち民衆を無事に生活できるのは すべてあなたの立派な徳のおかげです 知らず知らずのうちに 帝の法に従っています
しかし、尭帝はこの歌を簡単に信用できません。そのまま歩いて町はずれにまで行ったところで、老人の歌を耳にします。老人はおなかいっぱいに食事をして、リズムを取っています。
日出而作 日入而息 鑿井而飲 耕田而食 帝力何有於我哉''
〜日出でて作し 日入りて憩う 井をうがちて飲み 田を耕して食らう 帝力なんぞ我にあらんや
〜日が昇れば耕作し 日が沈めば休息する 水が飲みたければ井戸を掘って飲み 食べ物を食べたければ田を耕す 帝の力が、どうして私に関わりがあろうか
ここで尭帝の心は晴れるのです。人民が何の不安もなく鼓腹撃壌して自分の生活を楽しんでいる状況こそが、政治がうまくいっていることだと彼は再認識するのです。この逸話を転じて「鼓腹撃壌」は、天下太平を表す言葉とされるようになったのです。
この鼓腹撃壌から学ぶべきことは何でしょうか。それは「あらまほしき政治形態」についての最もプリミティブな考え方についてです。
市民は政治に参加したいのではないのです。ただ、平安に日々を送りたいのです。市民はいい政治がほしいのではないのです。いい社会がほしいのです。先述のローマやフランス革命の検証においても、最初の衝動は、参政権に対する欲望ではなく、圧政と搾取からの解放だったのです。圧政と搾取がなければ、参政権を要求したでしょうか。民衆が欲しいものは参政権ではなく、「よりよい生活」なのです。
1-4-3 なぜ投票に来ないのか
それを踏まえて、現代の状況を考えてみることにしましょう。ここで、もういちど「投票率が低いのはほんとうにいけないことなのだろうか」を考えてみる必要があります。
はたして、国民(市民)全員が投票すればどうなるのでしょうか。そうすれば、よい政治家が選ばれるのでしょうか。その選択は確実に国民(市民)を幸せにするのでしょうか。
投票率100%という仮説から導き出されるもの、それは決して国民の求めうる至上の社会ではないと断言できます。投票率100%から導かれるのは、ただ「言い訳の不可能性」です。責任を国民(市民)全員で取ること、これ以上でも以下でもありません。選挙の結果は、寸分も違わず正確に国民の要求を満たしているはずです。それが国民の望む社会をもたらすかどうかは別として。果たして「民主主義」を国民はほんとうに望んでいるのでしょうか。
「国民は参政権を求めているのか」を推察するのに、参考になるであろうデータが内閣府がおこなった「裁判員制度に見る国民の社会へのコミット意識」から読み取れます。
2005年2月に内閣府が行った世論調査/裁判員として参加したいかについて「参加したい」は25.6%、「参加したくない」が70.0%という結果が出ました。ほとんどの国民は裁判員制度など、求めていないのです。
ほんとうに国民は「参政」したいのでしょうか。特に、この充分に民主的な社会において、一層の「参政」を要求しているのでしょうか。歴史の求めてきたのは「参政権」ではなくて、「圧政からの解放」でした。国民は、日常の生活に集中できてそれで平安な生活が送れるのであればそれで幸せだったはずです。だからこそ、それを可能にするためのプロの存在が必要になってくるのです。国民(市民)から政治という負担を信託されたプロフェッショナルが必要なのです。国民が毎日政治のことを考えたり、そのために尽力したりすることをしなくてすむように存在しているのが政治家ではないのでしょうか。ならば政治家にとっての使命とは、プロとして西宮市民の全体最適を経営することではないのでしょうか。
1-5 ツァラトゥストラの永劫回帰
1-5-1 これまでの旅を振り返る
議論のスタートは、地方議会の機能停止状態と議会改革という困難でした。議会制民主主義の問題を検証する過程において、地方議会の危機を救うのは直接民主制ではないということを示してきました。そして、安易な「市民の意見を」「市民の目を」という発想が難局を解決するものではないということを示しました。そこで、確認してきたのが「果たして民意は真に健全なのか」という命題と、「マスコミによる議会政治へのストレスの醸成」という事実でした。
そもそも民主主義というのは完全理論なのかということに対して、あえて疑問を呈してみました。それがこの現代の日本においては禁忌とされているにもかかわらず、です。民主政治と大衆政治の境界線の考察、民主主義による自傷行為の歴史という現実の確認、選挙で選ばれた者は国民の代表ではないという現実、国民が自らによって最適の政治を選びうるわけではないという結論を経て、民主主義という括りをいったん外してガバナンスというものを再考するところにまで至りました。
民主主義は完全理論とは言えないのに投票率は上がらなくてはいけないものなのかを改めて考えなければいけないという課題に直面しました。国民は「参政」したいのではないのです。平安で豊かで幸せな生活こそが求めてきたものだったはずなのです。そこで議論は、この政治の閉塞を議会人個人としてどう打ち破るのかを考えるというスタートラインにまでやっと戻ってきたのです。
1-5-2 根本的解決に必要な要素
議会を変えるには議員を替えなくてはいけません。議員は直接選挙によって選ばれるわけですから、議員を替えるには国民(市民)が質の高い議員を選べばよいのです。しかし、ここで、それが理屈ほど簡単なことではないということを再確認する必要があります。
議員を替えるには、そもそも質の高い候補者が必要です。しかし、そのような智慧にあふれた有権者にとっての選択し足り得るほどの候補者が、それほどいるのかは疑問です。
次に、優秀な候補者が存在したとして、そもそも国民(市民)が「質の高い議員」を見定めることができるのだろうかということもさらに疑問です。韓流俳優に行列する中年女性たちに「政治家の質」を見極めることができるでしょうか。というよりむしろ、そもそも国民(市民)は「自分に利する議員」より「全体を利する議員」を、また、「現在を利する議員」よりも「未来を利する議員」を選ぶのでしょうか。現実の投票結果を検証すれば、必ずしもそうとは言い難い現状が浮き彫りになってきます。
それでは、そもそも国民(市民)をして質の高い議員を選ばしめる作用は何によってもたらされるのでしょうか。それには、現実的解決策がないのが現状なのです。
それでは、議会を機能せしめるシステム、議会に代わりうるシステムはあるのだろうかと考えてみます。間接民主制に代わって直接民主制的手法への転換、もしくは部分的活用によって解決できるのでしょうか。しかし、そもそも国民(市民)は民主制に馴染むほどに賢明なのだろうかという、民主主義の根底を揺るがす命題に至るとき、直接民主制的手法が特効薬でも何でもないことを我々は思い知るのです。
「民主主義」というイデオロギーそもそもが想像上の生物だった可能性はないのでしょうか。そういった絶望的な境地に至ってしまうのです。しかし、現在の日本で「民主主義」を問うことは不可能です。つまり、この行程での論理設計においても、現実的解決策は発見されなかったのです。
1-5-3 眩暈のするような現実との再会
このような、論理の旅に疲れた私は、初めにスタートした、眩暈のするような現実に帰ってきました。「国民(市民)」に原因を求めると思考は停止するのです。効果的に変革することは不可能だからです。どうやって国民を変えるというのでしょう。ひとりひとり説得するのでしょうか。そんなことは無理に決まっています。
このような悲観的な論理思考は、「根本的解決」の不存在証明、「完全システム」の不存在証明の確立をもたらしました。そして、そこに、議論の帰結点の再確認、改革者としてのレゾンデートルの再確認が得られるのです。
変えられない現実に実際に存在している事実があるわけですから、ここで私は二者択一を迫られるのです。哲学者として真理を追究する代わりに現実に対して何も為さないか、真理には行き着かない代わりに現実に対して一石を投じるか。この選択を迫られるのです。
「国民の政治意識をもっと…」と言いたいのであれば実務家ではなくて、哲学者の道を選ぶべきなのです。もし実務家としてそれを言うならば、責任を持って「国民の政治意識」とやらに対して明確に作用し、結果をもたらすことを目的としなければならないのです。もちろん、そんなことは一朝一夕には不可能です。そこで私は、実務家として西宮に対して責任を果たすことにしたのです。
1-6 思考の原点の設定と再起動
1-6-1 民主主義など虚構に過ぎない。だからこそ…
当然のようにそこにあったものをすべて根本から疑い、再検証し、自分で論理的証明をおこなうことによって、私は西宮の実務家としての立ち位置を明確化するという作業を始めることが初めて可能になりました。
「民主主義」は嘘です。でも、自分に変えられないのです。変えることに懸ける時間はないのです。変わることを待てないのです。ここで初めて「民主主義」を発想の前提条件に加えることにしたのです。「変えようのない現実」として受け入れることにしたのです。当然これは、「民主主義が至高の理念だから」という思考停止とは根本的に違う行程です。
改めて民主主義というものと向き合ったとき、明確なある事実に直面するのです。それは、「民主主義」だからこそ自分にも政治の世界に挑戦するチャンスがあった、という事実です。封建体制下においては私は政治の現場に行って社会変革を問うことは不可能だったはずです。
現代において「民主主義」を担保するのは「選挙」です。選挙に当選しているという時点で、「民主主義システム」に則っているという正当性があるのです。これは、この社会における私の政治活動の正当性の証明として充分なものとなり得るのです。選挙に当選しているという時点で、大衆に支持されている「民主主義」を踏まえていることを証明できるのです。
1-6-2 議会は変わらない。だからこそ…
議会は変わらない、それは議員の質が変わらないから、です。それはこれまでに充分に確認してきた絶望的な事実です。選ぶのは大衆です。その大衆はしばしば利己的で、無思慮で、気まぐれで、付和雷同し、意識が高い人ほど投票にこないのです。万が一に変わるとしても、選挙でしか変わらないのです。その選挙も毎年あるわけでもなく、4年もかけてやっと1回しかないのです。私はそれを信じて、その4年を待ったけれども変わらなかったのです。ばれてしまった政治家の品質に問題があった場合でも、自分が辞めさせたりはできません。できるのは唯一、大衆なのです。
さらには、選ばれてしまった政治家の品質に問題があった場合でも、彼の品質を向上させることは、しばしば困難です。学習するには年齢を重ねすぎているし、そもそもの哲学が相容れない場合にはたいていの場合に共通言語が存在しないため、そういった活動は不毛なのです。
この現実を踏まえて、私は、議会全体の改革に対しては考えるべきことを集中することにしました。議員の質を向上させる可能性のある唯一の手段は、定数削減です。しばしば問題のある政治家は下位で当選するからであり、投票に必要な得票数が高ければ高いほど、品質が当選に反映する可能性も上がるからです。よって、議会改革に関しては、定数削減以外の問題に関しては、特段、取り組まないと決めました。
その絶望的な議会の中で活動するにあたって、活動の立ち位置を確保することを考えました。議会全体のことを考えても難しいので、自分の所属するグループだけはともに研鑽しあえる仲間で組織することを考えました。
「1人対他の議員」など、全く意味がありません。政治家は訴えることではなく、実現するのかどうかが大切だからです。そのためには議会内で会派を結成する必要があります。「多数決」という決定手段の共有が民主主義の採用するシステムだからです。その会派だけは少なくとも、共有言語が必要です。自分が自分の政治哲学に順って活動できないのであれば、政治家である意味がないからです。
私の場合は、所属会派であり自分たちで立ちあげた会派でもある「蒼志会」が充分にこの条件を満たしているので、議会での活動に自由度と影響力を持つことができました。しかし、地方議会の「会派」において、理念を(議会内で統一行動をとるという最低限のことをするために必要な程度に)共有できることは稀です。私の状況は恵まれてるとしか言いようがありませんし、それが他の議会で、他の議員が可能かどうかはわかりません。
これは、逆に自分が他の羨ましい状況を目の当たりにした場合でも考えるようにしている発想です。安易に他に成功例があることを以て自分の場合も可能だと決めつけられはしないのです。冷静に考えて、西宮では「議会は変わらない」という論理を起点とすることにしました。そして、現在、蒼志会を基盤として活動できることが充分に自分の挑戦を可能にする前提たり得ると認識することができたのです。
そもそも地方議会の機能が形骸化しているという現状があるにもかかわらず、自治体が存立の危機に瀕しているような状況はそれ程ありません。議会が死んでいても、まちは死なないのです。であれば、その地方議会の質の多少の差がその自治体に及ぼす影響もそこまで高くないと考えた方がいいのです。
そして何より、私自身は、大衆に迎合せず、高いレベルで価値創造をする政治家として活動すればいいのです。他に求めるより前に、他の不足を嘆くより前に、自分自身が西宮全体に大きなあたらしい価値を創造できるような政治家として存在すればいいのです。
1-6-3 議会では変えられない。だからこそ…
地方議会は本来の二元代表制の担い手としては、あまりに機能していません。また、立法機関としても本来の職責を果たせていません。その責を果たしているのは行政です。であるならば、行政にイニシアティブをとらせたままであっても改革を進めるという方法をとるべきなのです。行政に対して提案する、場合によっては設計した政策を行政に採用させるという手段によって政策実現・改革実現を成し遂げるというスタンスに割り切るべきであり、そのスタンスによって、漸進的な改革は可能なのです。
行政に提案したその政策が、思い通りに支持されて実現されていく場合は稀です。採用されなかった場合において、主体である行政が、何の理由によってその政策を採用しなかったかをきちんと考えるべきなのです。
「設計の手間がかかる」と思われて採用されなかったと検証した場合には、自分で手間を掛けて、「あとは政策として運用するだけ」という状態にまで設計した提案(場合によっては議員提出条例案)で出すべきです。
「方針を変えると一部が不満をもつ。その不満が行政に対して噴出することを畏れている」と思われて採用されなかったと検証した場合には、その不満に対する説明ロジックを作って行政に授けるべきです。場合によってはその不満を解消する追い風になるようなことを議会で大々的に提案するなどのことも必要になってきます。
「その職員は個人的にやったほうがいいと思っているが、上司に対する説明を畏れている」と思われて採用されなかったと検証した場合には、その上司に折衝のターゲットを変更するべきです。場合によっては、最上級位の「上司」である市長や助役に直接提案することも必要になってきます。
そもそも、首長は地方自治において絶大な権限を有していますから、「場合によっては、自らが市長になればよい」と考えて政策を設計すると、糸口が見つかることも多いのです。
2、日本のあしたのために
2-0 日本のあしたのために
ここまでの話が、自分が絶望に塗れた地方議会というところでどのようなスタンスをもって改革に取り組もうとしているかという話です。みなさんがこれから挑戦していくだろう改革も、きっと苦難に満ちあふれたものになると思います。それでも、この日本のあしたのために諦めずに使命感をもって闘いぬいて欲しいし、この大学にいる時間で、それが可能な人物になるように研鑽して欲しいです。
最後は、みなさんに対するメッセージで締めくくりたいと思います。
2-1 信仰してはならない
信仰は呪縛となり、発想を限定し、思慮を奪います。常識とされているものも一度は疑ってかからなければなりません。自分で納得しないものを発想の礎にしてはなりません。定理を一度は自分の手で証明しなければなりません。世の中に常識とされている概念や思想や哲学も、必ず自分のアタマで再検証することを心がけてください。
2-2 情熱だけでは何も生まれない
「やる気があればなんでもできる」ほどの嘘はありません。やる気だけでは何もできません。「やる気」はあくまで必要条件であり、それに加えて才能、努力、運などが必要です。つまり、せっかくの情熱を形にしようと思うのなら、努力によって智慧と才能を磨いて欲しいのです。「考える前に動け」なんていう考え方は迷惑以外の何ものでもありません。しっかり自分の頭を使って考えることが必要なのです。
2-3 日本語の通じない相手がいることを知らねばならない
「話せばわかる」のは、相手が充分に理性的であったり、あなたに対して親愛の情を持っていたり、そもそも譲歩する用意があるという場合に限られます。
確かに、企業の社内など、哲学を共有していたり、品質の均等な人材が集まっている場所ににおいては「話せばわかる」場合が多いですが、そうでない人間が世の中に如何に多いかは思い知るべきです。
感情的になっては何も変わりません。冷静に、冷徹に、ロジックを以て淡々と議論するべきです。あなたの改革を遂行するのが目的であって、障害となっている人物を憎むことが目的ではないのです。感情は自分を苦しめます。感情は無駄を生みます。感情は判断を誤らせます。あなたと対立する立場の人間が、なぜ対立しているのかを考えてください。そのロジックをあなたが好むと好まざるにかかわらず、相手には相手の論理体系があることを認め、そのロジックをひとつひとつ崩していくことによって論破してください。
これに関しては、私が昨年の夏に「無防備都市宣言に対する反論」という討論を議会でしましたので、参考にしていただければと思います。はじめはこんな愚かしい活動をしている連中が居ることをただただ不快に思いました。普通に「バカなやつらだ」と思いましたし、「こんな非国民は日本から出て行け」と思いました。しかし、そんなことを言っても、何の解決にもなりません。議会での私は、ただただ法律と論理の話で彼等を完膚無きまでに論破しました。
2-4 プライドを持たなければならない
最後に。立命館大学で、この土曜日という日に、講義を受けている自分という存在をもういちど考えてください。あなたたちは、この日本を背負って立つべきエリートたちです。優れた才を持った人間には、その才を以て、世の中に対して何かを為すという責任があるのです。それを、自覚してください。単に自分が楽しいだけの人生ではなく、日本の歴史に対して何かを為すという気概を持ち、それを喜びと思ってほしいのです。
だからこそ。最後の最後に。あなたたちは人の上に立つべき人たちです。人の上に立つべき人に必要な教養と品性を、しっかりと身につけてください。
以上で、長くなりましたが、私の講義は終わります。






