■profile
今村岳司/いまむらたけし】
西宮市議会議員/3期目 1972年、西宮市生まれ。 甲陽学院高・京都大法学部卒■浜学園講師・リクルートを経て99年、市議トップ当選(26歳)

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2011.02.16

メインタイトル

50年後の西宮市民が愛してくれる西宮を創るために。

50年前の西宮市民が「選挙で西宮を守った」という、ほんとうにあったお話しと、
50年後の西宮市民にいまの私たち西宮市民がしてあげられることについてのお話し。

PDFのD/L(表面)

PDFのD/L(裏面)

この美しい西宮を創ってきた歴史に対して、
いまの西宮の政治家と西宮市民は、敬意を新たにすべきです。

50年前の西宮市長は、市民に相談もなく、
西宮沖を埋め立てて石油コンビナートを誘致する計画を進めていました。
市を二分した混乱の末、コンビナート計画は白紙撤回。誘致反対派の新市長が当選。
西宮は「文教住宅都市」を選びました。
西宮を愛する人たちは投票に行って、西宮の歴史への敬意を欠いた人たちから、西宮を守ったのです。

それから50年。いまの西宮には、この10年くらいの無策のツケが溜まってきています。
公立病院や第3セクターの処理に関する政治判断は先送りされています。
ハコものは建てるだけ建てて、補修を怠っています。
常識はずれの公務員給与制度も、団塊の世代の職員が退職してしまうまで改革されずに放置されてきました。

私は、いまの政治家の使命は、次の時代にツケを遺さないことだと思っています。
だから、議会では、毅然とした態度で、既得権を持つ人たちに対して厳しいこともしていかなくてはいけません。
市長の根回しで丸め込まれた旧態依然議員や、大衆迎合ばかりの無責任議員に負けずに、
議会で活動しなくてはいけません。

議会だけではなく、既得権のために投票する「組織票」ではない、西宮への愛で投票する人の力も必要です。
50年前のように。
でも、西宮市議会議員選挙の投票率は40%です。
投票に来るのはたった14万人。しかもそのうち10万人は「組織票」です。
「西宮への愛で投票する人」はどれだけいるのでしょうか。
22万人の「投票しない人」にも、西宮への愛はあるはずなのに。

私たちひとり一人にも、10年、20年、いや、50年先の西宮に対してできることがあります。
20年先の西宮の主人公は、あなたの子供であり、あなたの孫です。
彼らにいまの美しい西宮を遺してあげなくてはいけません。
もしかしたら、50年先の西宮にあなたはいないかもです。
でも、50年先の西宮にも、西宮を愛する西宮市民がいるはずです。

50年前の西宮を愛した人たちは、
美しい西宮を守るために投票に行きました。
無責任な市長、根回しされた議会、御用学者で作られた委員会。
そんな人たちから西宮を取り戻すために。

 まずは前置きに。50年前の昭和35年、この西宮というまちで、ほんとうにあった嘘みたいなお話し。

 市長はある日、議会に報告をしました。「海岸を埋め立てて200万坪の石油化学コンビナートを誘致します。」

 こんな大事な問題に関して何の相談もされていなかったのに、議会は疑問を呈することも反対もしませんでした。丸め込まれていたのか、理解できていなかったのか。
 この問題を検討するという名目で作られた"御用会議"で、婦人会長はこう言いました。「世の中は変わりました。西宮の海岸に保存すべきものは、今日すでにありません。時勢から見たら当然埋め立てるべきものです」と。丸め込まれていたのか、騙されていたのか。  御用学者で作られた調査委員会は、工場計画に安全のお墨付きを与えました。丸め込まれていたのでしょう。
 市政ニュースに、はっきりとこう書かれました。「騒音やススなどの公害問題が起こる余地はほとんどない」と。
 この記事がとんでもない大嘘であることは、その直後の「四大公害病」の歴史を顧みればあきらかです。
 西宮より先行してコンビナート誘致をした四日市では、このころから空が曇り始め、汚染された魚が捕れるようになりました。そして、このすぐあとに、多くの市民が喘息で死んでいきました。いや、殺されていきました。

 暴走する市長、加担する諸団体、何もできない議会。西宮を見殺しにする彼らを止めたのは、「投票」でした。

 昭和38年の市長選挙で、諸団体が揃って支援する誘致派現職市長を破って、コンビナート反対派の市長が当選しました。その年の秋、西宮市は「文教住宅都市宣言」をしました。西宮の魅力を犠牲にして得られる経済的な繁栄ではなく、西宮の恵まれた環境と共生した「教育の品質が高く、住みやすいまち」を創っていくことを、昭和38年の西宮市民は選んだのです。
 西宮を救ったのは、有権者の民度と当事者意識でした。

 それから50年経ちました。昭和38年の西宮市民が投票に行かなければ、西宮はいま「住みたい街ランキング」でトップクラスに挙げられるようなまちではなかったはずです。いまの西宮というまちは、50年前の西宮市民が守ってくれたのです。「投票」で。

 しかし、50年経った西宮は、50年前への敬意を忘れ、50年前と同じことを繰り返そうとしています。御用学者の委員会を作って、危機感のない議員に根回しをして。
 デタラメ総合計画を市長選前に強引に成立させたのも、第3セクターや中央病院、市の補助金などの課題に関する判断を先送りにしてきたのも、このパターンでした。

てじなのからくり

 今期は、議会改革特別委員会を立ち上げて委員長を務め、議会で「市の責任逃れパターン」を止めるための活動をしてきました。第3セクターと中央病院に関しては、特別委員会を設置し、総合計画の基本計画を議決対象とする条例改正もおこないました。第3セクターへの支援を議決対象とする新しい条例案も提案し、現在審議中です。
 それにつけても、危機感のない「コトナカレ主義」議員の抵抗や、市当局の「追認機関でいろ」という根回しは、毎回相当な圧力です。政策研究や条例作りもたいへんですが、彼らとの闘いのほうが、よほど労力がかかります。しかし、その圧力に負けて、議会がただの「市長の追認機関」に成り下がってしまったら、将来への責任を果たせなくなります。そんな議会なら、なくていいんです。

 あなたにもできることがあるはずです。50年前の西宮市民が「投票」でまちを守ったように。西宮の歴史に責任を負うべきは、政治家だけではありません。その政治家を選ぶのは有権者の民度と当事者意識なのですから。

私たちは西宮の歴史のごく一箇所で、役割を担っているに過ぎません。
ですから、課題を先送りにすることは西宮の歴史に対する罪です。
ここしばらくの西宮市は政治判断から逃げ続けてきました。
いまの西宮には、将来を見据えて決断をしなければならない課題があります。

図表

【中央病院に関する課題と提案】

「●」のついている項目が私や会派からの提案や対応

1974年(昭和50年):37年前
中央病院が現在の場所に新築移転

2002年(平成14年)
全国自治体病院協議会の経営診断
「存続には思い切った経営改善策の断行しかない」
2003年(平成15年)
これより4カ年の「第1次経営健全化計画」
計画は失敗。その責任を誰も取らないまま、平成18年より「第2次経営健全化計画」。

2006年(平成18年)
●公立病院としての経営形態やそもそもの必要性などを議論する委員会の設置を主張。
2007年(平成19年)
提案を受けて「あり方検討委員会」設置。

2008年(平成20年)
「検討委員会」の答申で、69.7%と異常に高い給与比率、市直営という経営形態、救急医療への対応力の低さなどの問題が指摘される。
●市直営をやめることや、給与比率を抑えることなどを主張するが、市は対応を取らず。
2008年(平成20年)
年度途中で異例の補正予算。8億円もの税金を追加投入。
2009年(平成21年)
市は平成23年からの独立行政法人化(市直営の廃止)を明言。
●それによる給与比率の圧縮について問うが、明確な方針を市は答えず。
2010年(平成22年)
新年度予算での病院への税金投入は約26億円に。行政方針から「独立行政法人化」が消える。
●この経営状況では独立行政法人への移行は不可能であることを指摘したうえで、公立病院が必要ないことを主張。存続の政治判断をするべきだと主張。
2010年(平成22年)
新市長が「移転・建て替えも視野に入れて…」と言及する。
●議会に「病院問題特別委員会」を設置。

中央病院の課題
【このまま放置すると】
市内に病院がじゅうぶん足りているにもかかわらず、100億円以上の税金で新築されかねません。
【だから】
例えば小児24時間救急病院として再編するなど、まずは、税金で運営する病院の存在意義や、ありかたを議論すべきです。いずれにせよ、非効率な市直営はやめ、給与比率を抑えるべきです。

【財政運営に関する情況と提案】

2007年(平成19年)
●市債残高に限らず、企業会計や第3セクターの債務 まで含めた「連結負債」が約4000億であることを警告
2008年(平成20年)
<3月定例会:予算>
●基金の半分以上にものぼる69億を取り崩す危機感のない予算編成を厳しく非難するが、市長はそれを杞憂と揶揄するような答弁。
<9月定例会:前年度決算>
●景気後退による税収減や福祉支出増を予見して警告。中央病院、都市管理、公共施設備、そして、最大のリスクである「市長選前のバラマキ」など、今後予想される財政リスクも合わせて警告。
2009年(平成21年)
<3月定例会:予算>
平成25年末の長期財政見通しを147億も下方修正。
●見通しの甘さと、危機感のないこれまでの財政運営を厳しく非難。
●財政当局に長期の目標設定を要求。それに対して、「H30で経常収支比率85%、基金残200億が目標」と答弁。
2010年(平成22年)
<3月定例会:予算>
基金を49億取り崩し。市税収入は30億減収。
●政治判断をせずにあたりまえのように支出される都市管理への10.7億、病院への25.9億を非難。事業の取捨選択を含む、政治判断を要求。

財政運営の課題
【このまま放置すると】
税の減収・児童急増・高齢化などの新しい課題や、病院問題などの想定リスクに対応できません。
【だから】
「あれもこれも」と無分別に手を広げてきた事業を取捨選択する政治判断が必要です。また、人件費を抑えるために、官公労との馴れ合いを断ち切って公務員給与制度を改革することは急務です。

【都市管理に関する課題と提案】

1989年(平成元年):22年前
JR西宮駅南地区再開発事業開始

1994年(平成6年):17年前
JR西宮駅前フレンテ開業。床の一部分に買い手がつかず、第3セクター「西宮都市管理株式会社(以下、都市管理)」に床を購入させる。

2000年(平成12年)
都市管理の累積赤字が1.5億に達し、倒産の危機。市から都市管理に無利子短期貸付を開始。

2008年(平成20年)
JR西宮駅前のフレンテからメインテナントの「コープこうべ」が撤退表明。
2009年(平成21年)
6月定例会で、ずさんな経営を続けてきた都市管理への1.5億円の緊急融資と、コープ2,3階部分を8億円で買い取ることを議会に提案。「第3セクター等経営検討委員会」が設置される。)
●議会に「フレンテ問題特別委員会」を設置。委員長は同会派の田中正剛議員。しかし、当初、市当局は議会に対し資料の提供を拒むなど、議論に非協力的な態度が目立つ。
●「都市管理への今後の市税投入をおこなわない」という内容の決議を議会で採択。
●直前に出された総務省の通知に基づいて抜本処理を要求。
●当会派に対する、天下り社長の判入りの抗議文や、議員に対する都市管理社員からの脅迫・嫌がらせに対して、議会で厳しく抗議。
2010年(平成22年)
「検討委員会」が案を出すが、都市管理を守り、結論を先延ばしにする内容に。"御用会議"であることが明確に。
●「市から都市管理への借金を棒引きにする」という委員会の提案に議会全体から大きな反発。市への返済計画が破綻したばあいには、法的処理をおこなうことを要求。
2011年(平成23年)
●第3セクターの経営を議会が監視し、公的支援をおこなうには議会の議決が必要となる条例を議員提案(審議中)。

第3セクター都市管理の課題
【このまま放置すると】
天下り3セクに税金が投入され続けてしまいます。
また、他の3セクにも同様の課題があります。
【だから】
これまでの失政のツケですが、少しでも多くの債権を回収するために、社会的役割を終えた第3セクターへの支援は直ちに中止し、法的処理をおこない、清算していくべきです。

【公共施設整備に関する課題と提案】

公共施設整備の課題
【このまま放置すると】
10年後くらいから施設建て替えのピークが始まり、年平均30億円の施設整備経費がかかります。
【だから】
タテ割りの各部署がそれぞれ勝手に増やしてきた施設の廃止・統合を進め、必要最低限の数に抑えるべきです。その上で、全庁的な整備プランに基づいて計画的に施設の補修をおこなうべきです。

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