2006年9月
→チラシ表面へ。
西宮市の経営改革。
西宮市役所とは、納税者のみなさんが払った税金を運用してサービスを提供する、ひとつの会社です。そして、いまその会社は倒産寸前なのです。倒産してしまったら、株主である納税者のみなさんに申し開きが立ちません。だから、議員である私は、この会社を建て直さなくてはいけません。何十年経っても、納税者に愛されるまちであり続けるために。
西宮市にはお金が、ない。
いきなりですが、西宮市にはお金がない、のです。
みんながマジメに税金を払っているにもかかわらず、です。
2006年度の予算総額は2905億円。一方で2006年度末の市債残高は3179億円。1990年には236億円あった基金も、2006年度に全額を取り崩して、なくなる見込みです。
→この、全くイメージング不可能な数字を、もうちょっと、わかりやすく…。
ただ、それでも、ピンとこないですよね?肝腎なのは、この西宮市が借金苦になると何がどうダメなのか、ということです。
最悪のシナリオは西宮が「赤字再建団体」になる、つまり、西宮市が破綻するというものです。西宮市の財政規模だと年間の赤字が178億円に達すれば、赤字再建団体に転落するおそれがあります。そうすると、福祉から教育から、あらゆる事業でマトモなサービスを実施できなくなってしまうのです。だからこそ、手遅れになる前に財政問題を西宮市のいちばんの課題として取り組まなければいけないのです。
→赤字再建団体になるっていうのは…。
→で、西宮市は赤字再建団体になるのか?
財政状況を無視して、何でもかんでもやっていては、西宮市を破綻させてしまいます。「財政難でも、市民のためにやるべきだ」という政治家の言葉は、ちょっとかっこよさそうですが、たいへんなまやかしです。なぜなら、政策のために使われるのは税金、つまりみなさんのお金だからです。その政治家が自分のお金でやってくれるわけではありません。で、いまはお金がないわけだから借金をする、そして、将来にツケをのこすことになります。
「市民のために無料でやるべきだ」という言葉も、ちょっとおトクなように聞こえますが、これまた、たいへんなまやかしです。無料−つまり、利用者からお金を取らないっていうこと−は、税金で埋め合わせるということです。要は、利用者も利用者じゃない人も含めて、納税者全員で負担するということなんです。
西宮市の財政っていうものは、つまり、納税者のみなさんの財布なんです。西宮市が借金をすればそのままみなさんにツケとして遺されるのです。だから、納税者のみなさんが納得するお金の使いかた、将来にツケを遺さないお金の使いかたを考えなくてはいけないのです。
納税者の納得するお金の使いかた。
「お金がないから節約する」が第一歩。
これについては、市職員の福利厚生の適正化などの提案をしてきました。
しかし、"無駄を削る"という外科手術だけでは、根本的な解決にはなりません。「お役所」を、限られた資源で納税者のニーズに応えることができる機動的なシステムにするために、役所の体質改善をしなくてはならないのです。そのために、事業評価の実施、人事評価制度、機動的な組織体制、コンプライアンス(法令遵守)経営の導入などを提案してきました。
→事業評価の実施。
→人事評価制度、機動的な組織体制。
財政が厳しいいまだからこそ、役所の体質を変えるチャンスです。古いシステムで既得権を得ていた連中には悪いけど、いまこそ、行政のやるべきことの優先順位をつけることが必要であり、納税者が納得できる行政サービスとは何かを考えることが必要なのです。
西宮市の予算が、みんなの税金だということを忘れてはいけません。そして、財政状況を悪いまま放置することは、いまの子どもたちへの罪だと思うのです。
文教都市だというのなら、総合選抜制度をやめるところから。
運動会のかけっこで、順位をつけずに、みんな横に並んで手を繋いでゴール・イン。おめでとう!みんなが一等賞だよ!
こんな、ちょっと考えればおかしいとわかるような「平等」がだいすきな人たちは、総合選抜制度がだいすきです。
高校は義務教育ではありませんから、高校の教育は「どの学校も同じ」では意味がありません。勉強が得意な生徒は進学校へ、スポーツが好きな生徒はスポーツに力を入れている学校へ。同じ志向の生徒が集まって、それぞれのニーズに応じた教育を受けることが理想です。しかし、総合選抜制度をとる西宮では、高校の特色化は図られずにきました。
一方で、どうせ高校に進学できるとわかっているという状況なので、西宮の公立中学校では、宿題もほとんど出さない"超ゆとり教育"がなされてきました。塾に通って私学に行くのは自由ですが、私学に行かなければしっかりとした学力が付かないということでは、公教育の責任放棄です。「学費の安い国公立大学への進学を希望していると、事実上、私立高校に進学せざるを得ないのは同じ納税者として不公平だ」という声は、私が子どもの頃からずっとありました。
→西宮の私学志向
子どもから競争を奪うことは、努力の動機を奪うことであり、それは、成長の機会を奪うことでもあります。高校を自分で選ぶ権利、そのために努力するという権利を奪ってきた総合選抜制度を改めるために、2005/12月議会で、「総合選抜制度を改め、複数志願制度を早急に導入することを求める意見書」を作成し、議会で過半数の賛成を得て可決されました。
→西宮では努力する姿勢が育ちにくい?
こういった動きを受けて、今年5月には「高校改革に伴う選抜制度改善検討会」が立ちあげられるなど、具体的な動きも見えてきていますし、総合選抜制度を疑問視する市民意識も高まってきています。
→市民意識の高まり。
この件に関する激励メールの多さに、期待の大きさを痛感しています。全国でもこんな制度が残っているところは兵庫・京都の一部地域のみです。2008年には明石・尼崎で総合選抜制度が廃止される予定です。これからも西宮をほんとうの文教都市にするために活動していきます。







