■profile
今村岳司/いまむらたけし】
西宮市議会議員/3期目 1972年、西宮市生まれ。 甲陽学院高・京都大法学部卒■浜学園講師・リクルートを経て99年、市議トップ当選(26歳)

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2008年9月

次期総合計画に関する当局素案について

1 議会が総合計画に対して持つべき責任と敬意

 今年は次期総合計画の策定の年度にあたります。この素案は、「市民満足度調査」、「市民意見募集」、「まちづくりについての意識調査」などの意見をもとに、平成19年8月から平成20年3月に設置された「次期総合計画策定委員会」、ほぼ同時期に行われた学識経験者懇談会や庁内ワーキンググループなどの意見を受けてつくられたことになっております。
 しかし、現実的には、策定委員会どころか、庁内ワーキンググループの参加者(つまり市職員)からも、建設的な議論を試みたのですが、意見はほとんど取り入れてもらえなかったということを聞いております。実際に、議会の各会派むけに行われた説明会でも、重要かつ大局的な意見に関してはほとんど聞く耳を持たれませんでした。6月定例会で「市民参画条例」を議決した西宮市の、参画と協働の実態がここにも見て取れる、といっていいでしょう。
 実際に現在、この素案は総合計画審議会で審議されており、そこにも議会から議員が、当然私の所属する会派からも参加しております。ただ、審議会とは、地方自治法第138条の4,第3項の「普通地方公共団体は、法律又は条例の定めるところにより、執行機関の附属機関として自治紛争処理委員、審査会、審議会、調査会その他の調停、審査、諮問又は調査のための機関を置くことができる。」という条文に根拠を持つものであり、あくまで「調停、審査、諮問又は調査のため」の附属機関であり、市長が作った原案を審査・調査することが、審議会の権限のすべてです。主体はあくまで市長であり、我々議会が主体となっているものでは当然ありません。そればかりか、これまでのあらゆる方面からの意見が蔑ろにされてきた経緯から見て、この審議会の答申さえも、蔑ろにされるのではないか、という恐れすら抱かせます。
 一方で、我々議会には、審議会のメンバーとして呼ばれて意見を申し上げること以上の責任があります。それは地方自治法に定められた「総合計画基本構想の議決機関」としての責任です。地方自治法第2条の4項には「市町村は、その事務を処理するに当たっては、議会の議決を経てその地域における総合的かつ計画的な行政の運営を図るための基本構想を定め、これに即して行なうようにしなければならない。」と定められております。

 この、地方自治法における基本構想の策定の記述は、昭和44年に、地方自治法の改正によって、新たに取り入れられたものです。この改正の法学的な大きな意義は、自治体の政策展開に議会及び住民が関与できることになったことであるとされています。
 いま議会にいる我々には、今後長期にわたって西宮を支える総合計画というものに対して明確に責任があり、また、敬意を払う必要があります。審議会の意見の一部として答申に反映されるだけでは、基本構想の議決機関としての責任を果たしきることはできないでしょう。我々はいまこそ、地方自治法第2条の精神に則り、当局の追認機関と揶揄されかねないような態度を改め、議会自らその責を果たすために、総合計画というものについて、主体的な議論を展開する必要があるのです。それこそが二元代表制をとる地方議会で、我々議員が果たすべき役割なのです。
 仮に、提案された原案の品質が高ければ、部分的に修正要望を意見する程度でよかったのかもしれませんが、いま目の前にある原案は、明確に我々に対して主体的な議論を要求しております。
 よって、一人の議員として質問をすべきと考え、この質問をさせていただくことにしました。委細に関する議論は審議会に委ね、今回の質問については、議会が特に責任を持つべき基本構想と全体の設計哲学について質問をすることにいたします。

2 総合計画に関する一般的課題

 まず議論を始める前に、一般的な問題点の整理を致します。まずは総合計画というもの自体の一般的な問題を二点確認しておく必要があります。

 1つは、総合計画というものが実際に現場で使われていないという問題です。ある調査によると、20%以上の自治体職員が総合計画を「見たことがない」、40%以上が「年に一度も見ない」というのです。もう1つは、総合計画で定められた目標などが後付けになっており、組織がやるべきことを整理しただけのものになっているケースが多いという問題です。ビジョンを明確に示した計画になってないために、各事業に関する下位計画が、総合計画とは全くリンクせずに、もしくは全くリンクできずに設計され、結果として総合計画に示した目標やビジョンが後付けになっているのです。このように、まずは総合計画一般の問題点として、現実的に意味のあるものとして扱われていない、という現実が指摘されるのです。

 一般的な問題点の整理の2つめとして、「西宮市のビジョンが見えない」と言われ続けているという問題にがあります。西宮市のビジョンが見えない理由は明白で、一つは、市長公約における政治哲学の欠落、もう一つは、総合計画におけるストーリー・ビジョンの欠落です。先述のように、総合計画と特にリンクせずに作られた西宮の各下位計画には一定の品質がありますから、日常的な行政運営は充分にできています。しかし、各計画の共通指針として依るべきものは総合計画にも市長の公約にも存在しないため、議論が大局的になればなるほど、当局は指針を示すことができなくなります。
 この議会でも、事務事業レベルの各論に関する質問に対しては一定の答弁が得られても、施策レベル、政策レベルの質問に対しては、政治判断が下されることなく、レトリックでごまかされてしまうということは、あらゆる議員が共通に感じていることでしょう。今度作られるべき新たな総合計画にこそ、西宮の将来のビジョンと西宮の行政のありかたをきちんと明記すべきなのです。

3 総合計画当局原案に関する5つの課題

 一般的な課題の整理につづき、実際に、現在審議会でも審議されている当局原案の議論に移ります。どこから突っ込んでよいものかわからないくらいの原案なのですが、冷静に分析した上で、問題点を大きく5点挙げ、その上で、質問をしたいと思います。

 原案の最大の問題点は展開ストーリーの欠如です。
 本来の計画であれば、目標が設定される根拠となった西宮市の現実的な課題の抽出や、その目標の上位にあるべきビジョンやミッションの明示がまずは必要です。その上で、それに基づいて目標が設定され、その目標を落とし込んだものとして政策へ、そしてさらに施策へと展開していく、というストーリーが必要です。実際の原案の基本構想では、「課題」に相当する記述と思われるものとして簡単な前総合計画の振り返りに加え、「時代の潮流」という記述があります。
 ・少子高齢化の進展
 ・環境に配慮した循環型社会への移行
 ・地方分権の進展
 ・ICTへの対応
 ・グローバル化の進展
 ・生活圏の広域化
 の6点が挙げられています。
 この6点の課題の抽出に西宮の施策との関連が配慮されていないことに違和感を禁じ得ません。グローバル化が進展したことによって西宮市はどういう施策をとるべきなのでしょうか。生活圏の広域化を受けて、西宮市はどういう対策をとっているのでしょうか。逆に、西宮市の抱える重要課題であり、まさしく時代の潮流とも言える「安全意識の高まり」などは記述する必要がないのでしょうか。

 この、西宮市の総合計画に書かれておきながら全く西宮の現状を踏まえられていない課題の列挙の次には、まちづくりの基本目標が掲げられています。文教住宅都市は異論のないところだと思いますが、その接頭辞として「ふれあい 感動」と書かれています。その上には説明と思われる文章がありますが、この「ふれあい 感動」に関しては全く唐突で、これから10年の西宮が「ふれあい 感動」を重視するべき意図を読み取ることは誰にも不可能です。
 そして、この基本目標に続いては、「将来のまちのイメージ」というものが掲げられています。おそらくは市の最重要政策方針と思われます。
 ・市民一人ひとりが輝いて生きるまち
 ・子どもたちの笑顔があふれるまち
 ・みんなが安心して暮らせる安全なまち
 ・水と緑ゆたかな美しいまち
 ・人々が楽しく交流する元気なまち
 この5つが掲げられておりますが、なぜこの5つなのでしょうか。どういった課題からこの5つが抽出されたのでしょうか。どういった根拠からこの5つをイメージする必要があるのでしょうか。
 課題の抽出、課題からの目標設定、目標を実現するための施策への展開という流れこそが、総合計画の背骨とも言うべきものだと思うのですが、当局の原案からは、全く読み取ることはできません。

 原案の2つめの問題点は、背景となるべき財政情報です。原案の基本計画各論 計画推進編において「財政見通と事業計画」というページがあり、それには計量経済学的手法を用いて推計された915億円の余剰財源のことが記されております。これに唖然とした人はきっとたくさんおられることでしょう。915億円の余剰がよめるなら、明日にでもやるべき事業はたくさんあるはずだからです。
 そもそも西宮はつい最近まで震災の復興期にありました。山田氏自身も定例会の初日で、「この8年間最も力を入れてきたのは震災復興だ」と述べております。このように安定期になく、各年度の財政状況に統計上の明確な傾向が現れるに至っていない西宮市には、計量経済学的な分析は馴染みません。西宮の状況が安定するまでは、財政部局の分析による積み上げ方式の数値の方が、よほど信頼に足ります。
 つまり、この原案が915億円を前提に設計されているのならば、それは砂上の楼閣であるということなのです。

 原案3つめの問題点は、基本計画の目標年次です。原案では、「計画の中間年度の25年において、社会経済情勢の変化や施策の大綱に基づく各施策の進捗状況などを検証し、基本計画の内容について必要な見直しをおこないます」というふうに、中間で見直しをすることになってはいますが、基本計画の計画年次は10年になっております。また、各論には驚くべきことに、各施策ごとに10年の「まちづくり指標」という目標が設定されています。
 たとえば各論の施策No1 「人権問題の解決」で設定されている指標は「人権教育・啓発に関する事業数、現在122を10年後に150」や「全国中学生人権作文コンテスト参加率、現在73.8%を10年後に100%」などとなっています。担当部局は、10年間、中学生人権作文コンテストの参加者をあげようと努力させられることになるのです。施策レベルで10年の目標を設定することの無意味さ、施策レベルで10年後を予測することの不可能さは、指摘する必要もないような自明であるといえます。
 施策レベルに関しては、財政の裏付けが考えられる5年が、目標設定年限としては妥当と考えますし、事務事業評価を導入以来何年も経ちながら、未だに事務事業レベルでの一年の目標設定と評価のやり方すらままならない西宮市当局に10年の施策レベルでの目標設定は時期尚早といえるでしょう。このようなことから、基本計画は5年の期間で設計されるのが妥当だと思われます。

 原案4つめの問題点は、当局施策に対する自画自賛的な表現です。たとえば、「基本構想 第1 総合計画策定の趣旨/2 前総合計画によるまちづくり」には、「文教住宅都市としての本市の魅力を一層高める取り組みを進めてきました。こうしたまちづくりは、市内外の多くの人々の共感と高い評価を受け、わが国が人口減少社会を迎える中で、本市は子育て世代を中心に人口が増加した」とあります。 本市施策が高い評価を受けた結果の人口増加だ、という記述は、すべての人が納得できるものではありません。また、人口増加を歓迎する記述は、一部地域での学校園のキャパシティオーバーなどを勘案するに、47万人に受け入れられる表現とは言い難いと思われます。総合計画は全西宮市民にとってのものであるべきであるという観点からすれば、このように評価の分かれる内容を明確に記述することには違和感を禁じ得ません。総合計画は全西宮市民が10年間大事にするべきものであるからして、政治的意図がにじみ出たものであってはならず、論理的根拠や状況把握が明確で、全体の最大公約数の意志の形成として設計されている必要があります。よって、当然過去の政策の客観的評価は必要ですが、自画自賛的な主観的評価による記述は総合計画にはふさわしくありません。

 原案の5つめの問題点は「リーディング・プロジェクト」改め「重点プロジェクト」についてです。原案には重点プロジェクトして、 あとから付け足された「公共施設の耐震化」を加え、
 ・「多世代ふれあい事業」
 ・「環境問題への取り組み」
 ・「市民ふれあいの森の整備」
 ・「スポーツ施設の整備」
 ・「ウォーターフロントの整備」
 の6つが掲げられております。これまた、基本目標以上に唐突極まりないものです。庁内のどの部署がこれについての説明責任を果たせるのでしょうか。
 実際に、最初にこれが提示された議会会派向け説明会において質問をしても、じゅうぶんな説明ができる部局はどこにもありませんでした。新聞でも笑い話にされた「全学校に太陽光発電パネルを設置する」という荒唐無稽な事業。これは誰の主導で、誰の承認を受けて、事業として掲載されているのでしょうか。これらプロジェクトは過去庁内や議会でどのように扱われてきたものなのでしょうか。基本構想に掲げられるべき西宮の課題や目標とどういう整合性のあるものなのでしょうか。ここに記述されれば10年間の西宮市の政策の中でも当然重視されることになるべきこれらプロジェクトは、どこに承認根拠があるのでしょうか。
 行政運営の大元である総合計画に、全く議論を経ていないものを記述するというのはあまりに傲慢だといえます。いつからそのような恣意的な行政運営が可能になったのでしょうか。
 この、議会その他をすべて追認機関ととらえるかのような唐突なプロジェクトの掲示はそもそも昭和44年の地方自治法改正で総合計画について記載されたことの哲学、つまり、自治体の政策展開に議会及び住民が関与していくのだという哲学とあまりに反することだと言えます。

 このように、市の原案の重大な問題点を指摘した上で、改めて当局のお考えを聞きたいと思います。

(1)ふれあい 感動」という「基本目標」と、「市民ひとり一人が輝いて生きるまち」以下の「将来のまちのイメージ」はどのような課題からどのような分析によって抽出されたものなのか。それが最優先である論拠は何か。

(2)今後10年間の行政運営は計量経済学によって根拠される総合計画によって運営されるのか、財政の分析によって運営されるのか。

(3)基本計画を10年もの長期に設定し、各論においても10年に亘るような目標を設定しているが、その目標の設定根拠は何か。また、その目標の達成状況・結果は何に使うつもりか。

(4)「リーディング・プロジェクト」改め「重点プロジェクト」はどこでのどういう議論の結果抽出されたものなのか。それが議会等で議論されたことは記憶にないが、じゅうぶんな議論を経ていないものがこのように唐突に10年間の総合計画に盛り込まれているのはどういう意図か。

答弁と意見1:勝手に掲げられた虚しい基本目標

答弁〜内容は全くなし

 今後の本市の状況を考えた場合、定住人口とあわせて、生活圏の広域化などによる交流人口の増加などにより、本市は多くの人が集うまちになることが予測されます。そうした中で、美しい自然環境、整った教育・文化環境、市民の活発な地域・文化活動など本市が有する文教住都市としての特性とがあいまって、本市は、『人と人、人と自然、人と文化などの多様なふれあいのある豊かな街になる』と考えております。
 そこでは、ふれあいを契機として、学ぶ、憩う、集う、遊ぶ、働くなど様々な面で多くの機会が生み出されます。そして、これを市民が積極的に活かし、自己実現を図るとともに、地域で支え合う福祉や地球温暖化の防止、コミュニティ意識の醸成などの取り組みをより確かなものとしていくことなどにより、充実、感動の気持ちが広がります。このような躍動的な文教住宅都市づくりを進めて行くことが大切であると考え「ふれあい 感動 文教住宅都市・西宮」を基本目標としたものです。

答弁に対する私の意見

 「生活圏の広域化と交流人口の増加があってそして多くの人が集う、そして、人と人、人と自然、人と文化がふれあう、ふれあいを契機として多くの機会が生み出される、そして、感動の気持ちが広がります。」という答弁でした。
 もういちど言いますよ。生活圏の広域化と交流人口の増加があってそして多くの人が集う、そして、人と人、人と自然、人と文化がふれあう、ふれあいを契機として多くの機会が生み出される、そして、感動の気持ちが広がります。だから、ふれあい、感動だ、と。 答弁していて辛くないかね、痛みを感じないかね、屈辱を感じないかね、と問いたいです。こちらとしては、答弁不可能な質問をしたわけです。根拠がある訳のないものの根拠を質問したのですから。
 これで痛みを感じているのなら、説明のつかないようなものを出してくるな、と言いたいです。
 これで痛みを感じているのなら、説明のつかないようなものを平然と提示されているこちら側の屈辱と、西宮市民の屈辱も慮っていただきたい、と思います。
 総合計画は、市長の公約とは違うのです。局長以下には改めて訴えたいです。公務員は西宮に対して責任を持ち、西宮に対して仕事をしなさい。断じて一個人の選挙活動の公約づくりを手伝っている場合ではないのです
 地方公務員法第30条にこうあります。「すべての職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行にあたっては、全力を挙げてこれに専念しなければならない」。民主主義においては、首長の能力は担保されません。だからこそ、官僚組織や総合計画の役目は、市長にどんな突飛な人がなっても、西宮47万を振り回すことがないように堅実で合理的に振る舞うことなのです。それが、官僚組織の役割であり、総合計画の意義なのです。今回の市の原案は、官僚組織と総合計画の信頼を揺るがすものだと言えます。
 この秋には市長選挙があります。どのような人物が新しい西宮市長になるのかは今時点では分かりません。役所がこういう仕事をしているのなら、新しい市長に振り回されますよ、このままでは、と、警告しておきます。

答弁と意見2と3:計量経済学分析と10年の計画期間への疑義

答弁〜計量経済学的手法に固執(学問的には完全に間違い)

 総合計画におきましては、計画期間であります10年間について、財政の全体的枠組みとしての財政見通しを示す必要があると考えております。この財政見通しにつきましては、経常収入、経常支出について推計し、投資的事業や新たに経費増となることが分かっている施設などに当てることのできる経常収入、経常支出の差し引き額を予測しております。この推計に当たりましては、10年という長期を見通すことから、長期的な予測に適している計量経済学的手法を用いているものであります。
 しかしながら、地方財政は、景気の動向や国の政策などに大きく影響され、現在の不透明な経済状況、過渡期にある税・財政制度などを踏まえると、将来の財政を見通すことは極めて難しい状況にあります。そのため、実際の事業・施策の実施に当たりましては、直近の財政計画を踏まえ、実施計画、予算編成において精査していくこととしているものであります。

 まちづくり指標でありますが、この基本計画各論において記述する各施策の基本方針の方向性を踏まえ、市が計画期間中に、それぞれの施策において、どの程度の規模や状態をしめしているのかを具体的に示すために、数値で設定しているものであります。
この指標の達成状況・結果を何に使うかということでありますが、本市におきましては、 行政評価を導入し、事務作業やそれを括る施策の検証を行ない、より効果的事業・施策の展開を目指しているところでございます。(こちらに関しては内容は全くなし)

答弁に対する私の意見

 埋めた地雷をきちんと踏んでくれる答弁には驚くばかりです。
 総合計画は10年という長期計画だから計量経済学的手法、実際の事業や施策の実施にあたっては直近の財政計画をふまえて、と答弁がありました。質問の冒頭で述べたように、総合計画が下位計画とリンクしていないことを自ら認めたことになります。この二つがリンクしていないのなら、何のための総合計画ですか。作るだけ作って誰も顧みない総合計画をまたつくろうと思っています、と言っているようなものじゃないですか。長期計画である総合計画は財政計画では運営できないと認めていましたよね、だから基本計画の期間は10年では長すぎるといっているのです。

答弁と意見4:恣意的に掲げられた重点プロジェクトの無根拠性

答弁

 リーディングプロジェクトとは、分野横断的に10年間で取り組むプロジェクトを打ち出す必要があるのではないかとの学識経験者懇談会でのご意見などを踏まえて設定したものですが、その後、様々なご意見をいただく中で重点プロジェクトと改めたものです。この重点プロジェクトは基本目標と将来のまちのイメージとつなげ、市民の皆さんが夢や希望、安心を実感できる事業・施策と位置づけております。

答弁に対する私の意見

 基本目標と将来のまちのイメージと各施策を結びつけたもの、という説明がありました。どう結びついているのかもよく分かりませんが、なにせ基本目標と将来のまちのイメージじたいが思いつきのように設定されているから、それに基づいて作ったりすれば当然こうやって突飛なものになるわけです。
 「市民の皆さんが夢や希望、安心を実感できる事業・施策」とおっしゃいましたが、この重点プロジェクトの記述で、夢や希望や安心どころか、10年の総合計画が適当に作られているのではないかという大いなる不安を感じたから質問したのです。
 ぜひ、この重点プロジェクトは、山田氏が市長公約に入れて選挙を戦うのにお使いいただければ結構だと思います。推察するに、然るべき場所での議論の結果ではなく、あなたの熱い想いの結晶なのでしょうから。それで、夢や希望や安心を実感できる方に投票してもらえばよいのです。その上で選挙にもし勝ち上がってお越しなら、きちんと作られた総合計画と、その公約をすりあわせて実施計画を作り、それに基づいた予算を議会に問えばいいのです。自らの選挙公約に留めるべきものを、47万西宮がこれから10年使う総合計画に先に入れておこうというのは、いかにも厚かましいと言わざるを得ません。

(附)
 この「リーディング・プロジェクト」というのは10年くらい前に設計された総合計画で流行った考え方。現在これに関しては指摘したような無根拠性が指摘され、採用されるところはほとんどなくなっている。

意見:文章の品格のなさへの指摘と、議会への訴え

 答弁を受けて、次期総合計画の策定に対する意見を申し述べます。
 次期総合計画にはテーマが必要です。住民が西宮を選択しているのは、便利さや自然環境であり、行政から市民への付加価値は極めて低いと反省すべきです。
 それもある程度しかたないのは、なんと言っても三次総のテーマが「復興」だったからです。これからはそれではいけないのです。行政から市民への付加価値を明示する必要があるのです。それは断じて「ふれあい 感動」ではありません。もっとまじめに作っていただきたいです。改めてほんとうの文教住宅都市を実現するんだという命題から逃げずに、堅実な総合計画を作っていただきたいです。
 これからの時代は、財政の問題、高齢化社会と福祉需要の増加、先ほど述べたインフラの改修ラッシュ、環境問題など、持続可能な行政運営への配慮が必要です。1970年代生まれの私たちの世代は、高度経済成長期の無責任な行政運営のツケを支払わされる世代です。これからの10年もさらにそんなことを続けて、そのツケを後世に残すのでしょうか。改めて申し上げますが、私が10年前に議会に来たのは、それを止めるためなのです。
 浮ついた美辞麗句で飾られた原案は、すでに空虚感が漂い、西宮に対して行政の責任を果たそうという力強さがありません。持続可能で堅実な行政運営こそが時代の要請であるということを認識していただきたいと思います。
 あと、どうしても付け加えなければいけないのは、原案にある文章の日本語です。文法や熟語の誤用が多いうえに、文節がやたらに長く、整理されていないために並列が多く、たいへん読みづらいです。また、アメニティなどに代表される、一般的でないカタカナ語の利用や、漢字で書けるはずのものを意味もなくひらがなにするあたりのセンスはいかにも21世紀のセンスではないです。そもそも市役所の外でアメニティといえば、ホテルに備え付けられている歯ブラシやタオルのことを指します。原案からは日本語という文化への敬意が感じられません。西宮の都市の格に相応しい日本語で、10年間の使用に耐えうる日本語で、書いていただきたいと思います。
 最後に。審議会の審議をふまえ、案をとりまとめると話されましたが、改めて、我々が総合計画の議決機関ですから、議会の意見をふまえていただきたいと思います。また、議場の議員は、地方自治法第2条の精神に則り、基本構想の議決機関としての責任と誇りにおいて、これからでも主体的に次期総合計画に関する議論をするべきだと訴えさせていただきます。

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