2007年6月
この4月の統一地方選挙(特に市議会議員選挙)の
投票率について。
40.16%〜過去最低・近隣でも特別な圧倒的低投票率
質問の一点目はこの4月の統一地方選挙、特に市議会議員選挙の投票率について、です。この議場におられる全員がご承知の通り、今回の市議会議員選挙の投票率は過去最低の40.16%でした。8年前、私が初めて議席をいただいた1999年の投票率が45.29%、2003年の投票率が41.36%ですから、選挙のたびに投票率が下がってきていることがわかります。「過去最低の投票率」というフレーズは、いよいよ選挙のニュースに関しては毎回聞かれるようになってしまいました。
この傾向は確かに西宮に限ったことではありません。周辺の芦屋、宝塚、伊丹の各市も過去最低の投票率を記録しました。しかしそれでも芦屋は51.15%、宝塚は44.08%、伊丹は46.74%と、西宮よりは高い数値です。
我々、今回の選挙で当選し、6月定例会を議場で迎えた全ての議員は、2007年の西宮市議会議員選挙における40.16%という投票率が、常識はずれの考えられないような低い投票率であることを、重く認識するべきだと思います。
40.16%の投票率で選ばれたということは、6割の西宮市民の信託を受けていないということでもあり、このような状況が進行すれば、西宮には代議制民主主義が成立し得なくなってしまうほどの異常事態なのです。
政治の責任か、市民の責任か、という「鶏と卵」
よく、投票率が低いのは政治の責任か、市民の責任かという議論があります。政治の責任だという議論は、主に、政治が市民の選択に耐えうる品質を保っていないからだとか、政治の側の情報公開が市民の選択を十分に可能なものにするには不足しているからだというふうにロジック展開されます。
一方で、市民の責任だという議論には、市民が政治を他人任せにしているという無責任論や、市民が政治を真剣に選ばなくてはならないほどには社会情勢が不安ではないという平和ボケ論、市民が投票の自由というものを多くの流血の対価として勝ち取ってきた歴史を忘却したのだという議論などがあります。
しかし、いまここに現実に政治家としてある我々にとっては、この「鶏・卵」の議論は全く意味を為しません。明確に選挙の当事者であった我々政治家は、この低投票率に自らの不足を認め、4年後の選挙では有権者が充分な関心を持って投票に臨むことができるように、襟を正して4年間の任期を全うする責任があるのです。
その充分な自戒を前提として、私の3期目の最初の質問をさせていただきます。
なぜ西宮は投票しないのか〜西宮という都市ブランドの弱さ
市内の119ヶ所の投票所の中で、最も低い投票率を記録したのは苦楽園市民館で、その投票率は26.36%です。この投票所は前回も最も低い投票率を記録しております。初めは、この投票エリアの「坂が多い」とか「広い」とかいった地理的特性によるものか、とか、比較的富裕層が多いために市政に対する要求が薄いからではないか、とも分析しましたが、市境を挟んで隣接する芦屋側の投票エリアであり、文化的にも近い六麓荘町などを含む「岩園幼稚園」の投票エリアの投票率は、苦楽園市民館のエリアよりずいぶん広いエリアでありながら、36.62%と、苦楽園を10ポイントも上回る投票率でした。
周辺他都市と比較したときの西宮の投票率の低さを、市当局におかれましても、ぜひ重大な課題として認識していただきたいという想いから今回の問題提起をさせていただきたいのです。
ひとつには先ほどの芦屋との比較などから想像される、住民の都市ブランドに対する意識です。先ほどご紹介しましたとおり、芦屋は今回の市議会議員選挙の投票率に関しては全市平均で西宮を10ポイント以上上回る投票率を記録しています。これは、それぞれの住民の「その市に住んでいる」というアイデンティティの温度差から来るものとも考えられます。
芦屋の住民は「どこに住んでいますか」と訊かれれば、ほぼ100%が「芦屋に住んでいる」と答えるでしょう。「芦屋」は全国に十分通用し、認知されているブランドであり、住民はきっと芦屋に住んでいるというアイデンティティにプライドを持っているでしょう。
一方で、西宮の住民は同じ問いに対して、果たしてどれほどの住民が「西宮に住んでいる」と答えるでしょうか。関西以外の人に質問されたある西宮市民はきっと「神戸のほう」と答えるでしょう。一方で、同じ関西に住む人に質問されたある住民は「甲子園」と答えたり、「夙川」と答えたりするでしょう。
それは、西宮市民の、西宮というブランドの認知度に対する自信のなさの表れであったり、それからくるかもしれない「西宮に住んでいる」というアイデンティティの薄さであったりするのでしょう。これは、宝塚市民や尼崎市民などと比較しても西宮市民に独特の傾向と言えます。
西宮は、市内にあまりにも文化的に異なるエリアを内包しているため、「西宮」というアイデンティティを持ちにくいという特性もあるでしょう。これは、摂津・播磨・丹波・但馬・淡路という全く文化的に異なるエリアによって成る兵庫県と同様の特性です。
だからこそ、西宮市全体のガバナンスを司る市役所と、西宮市全域を選挙区とする我々市議会議員は、協力して、西宮市というブランド・アイデンティティを確立するために質の高い仕事をしていかなくてはならないのです。
なぜ西宮は投票しないのか〜多い転入者・4年で1/4が入れ替わる西宮
一方で、転入者の多さも、低い投票率の原因のひとつと考えられなくはありません。前回2003年の選挙以降で考えると、2003年度の転入者数は27230人、2004年度には26712人、2005年度には27300人、選挙の直前の2006年度には26515人に上ります。
単純計算すると、2007年4月時点での西宮市民47万2481人のうちの10万7757人、つまり約22.8%が前回の選挙以降に転入してきたという計算になります。
国政選挙においては、政党支持や全国的な社会情勢が投票を決定する主たる要因となるため、転居によって特に投票するモチベーションが下がるとは言えません。
しかしながら、地域密着の課題を議論する市議会に関する関心は、転入してから地域コミュニティに馴染んで地域の課題などに直面しない限り喚起されることはないでしょう。
たとえ「選挙で絶対に棄権をしない」という強い公共心持つ人であっても、転入してきたばかりのまちの市議会議員選挙での投票に対して高いモチベーションを持つことは難しいと言えるでしょう。かえって、そういう意識の高い人こそ、「引っ越してきたばかりなので誰に投票したらいいのかわからない」という状態では正確な意思表示に対して不安があるでしょうから、返って投票するモチベーションが低くなるとも考えられます。
「空振り」「無反省」の啓発・広報活動
低い投票率の要因に関しては、私が簡単に推測するだけでも、これまで述べてきたとおり、根の深い状況要因も含めて、いろいろあるとは思います。それを認めた上で、今回取りあげたいと思っているのは、選挙管理委員会の取り組みについてです。これより本題に入らせていただきます。
これまで述べてきたように、投票率が低いことを、すべて選挙管理委員会の責任として押しつけるつもりは毛頭ありません。しかし、選挙管理委員会が、投票を喚起する啓発活動・広報活動を担っている部署であることは間違いありません。
事務事業評価シートによれば、「常時啓発関係事業」として、平成15年に1483万2千円、平成16年に1477万4千円、平成17年に1013万9千円、平成18年予算ベースで1257万9千円の予算を使っています(※ただし、このほとんどは職員の人件費です)。果たして、選挙管理委員会は今回の選挙の投票結果をどう捉えているのでしょうか。
そもそも、啓発・広報活動など、「人を動かす」という事業は、充分な社会学的分析に基づいて為されるべきです。つまり、「有権者に投票行動をさせよう」と考えるのであれば、有権者とは、どのような環境にあり、どのような特性を持っていて、どのような行動をとるものなのかがわかっていなければどんな事業もなしえません。
また、当然ながら、一口に有権者といっても、36万4千人いれば36万4千通りの有権者がいるわけで(※西宮市は大きく言って、住民が47万人、年間転入者が2万5千人、有権者が36万人、投票率が40%です)、その有権者に働きかけようとすれば、有権者という社会的集合体を、一定の特性によって分類し、そのそれぞれに対しての働きかけることが必要となってきます。
放っておいても女性が寄ってくるような男ではない私のような男が女性にもてようと思えば、女性とはどのような生き物なのかを理解していなければどんなアクションもおこしようがありません。
また、当然、女性と一口にいっても、女性の数だけ女性の特性があるわけですから、私が口説きたい女性がどのような女性であり、私がその女性の好意に与るためにはどのようなアプローチを為すべきかを考えなくてはなりません。
相手の女性は年上か年下か、未婚か既婚か、どんなお仕事をなさっている方か、もちろん一口にたとえば年上の女性といってもひとりひとりが違う女性なのですから、私が口説きたいその女性には、花を贈るべきなのか、情熱的なことばをかけるべきなのか、親身に悩みを聞くべきなのか、なけなしの力を振り絞って自分をアピールすべきなのか、それは、その相手の女性への理解なくしては、全ての涙ぐましい努力が無意味だといえるでしょう。
話は横道にそれましたが、選挙管理委員会にも、このような情熱的で社会学的な分析が必要だと考えているのです。それはそれは、年に1000万円以上使って口説こうとしているのですからなおさらです。
西宮の有権者にはどのような特性があるのか。西宮の有権者はどのようにすれば投票に来てくれるのか。もっというなら、投票に来ない西宮の有権者はどのような人たちなのか。その人たちはなぜ投票に来ないのか。彼らに何をすれば投票に来てくれるのか。そういったことに関しての高度に社会学的な分析が必要なのです。
また、市議会議員の選挙は4年に1回は必ず施行されるものですし、国政選挙まで含めれば、毎年のように何らかの選挙が施行されることになります。そうであれば、毎回の選挙における啓発活動・広報活動の質と量と、実際の投票率などの投票結果との因果関係を入念に分析して毎回活動の検証が為されるべきなのです。つまりは、啓発活動・広報活動に関して、プラン=ドゥー=チェック=アクションのPDCAサイクルが必要だと考えております。
4点の質問〜選挙管理委員会の啓発活動について
まず1点目。40.16%という今回の過去最低の投票率を選挙管理委員会はどう捉えているのかに関して、質問いたします。ひとつには、「なぜこれほど低かったのか」をどう分析しているのか、という状況把握、もうひとつは、これまで選挙管理委員会が取り組んできた啓発活動・広報活動の結果としてはどう受け止めているのか、それについて、お答えください。
次に2点目。平成18年度事務事業評価に記載されたそれぞれの啓発事業の「対象者・課題・課題解決のイメージング」はどうなっていたのか、お答えください。つまり、それぞれの事業のターゲットとしていたのは、どのような層の有権者なのか、そして、その有権者たちがなぜ投票に行かないのかをどう分析したのか、そして、分析をふまえてその有権者たちの投票行動を喚起するためにどのような活動をしたのか、をお答えください。
お答えされるにあたっては、平成18年度の事務事業評価に記載されている各種事業ついて、できる範囲で具体的に事業の設計意図を詳しくご答弁ください。
次に3点目。来月には早速参議院議員選挙が施行されますが、今回の低投票率を受けて、参議院議員選挙までにどのような新たな取り組み・方針転換が行われるのか、お答えください。
最後に4点目。先ほど述べたように、最近の西宮市は、転入者が多いという特性があるため、本市においては投票率向上のために新規転入者に対する特別な施策があってしかるべきだと考えております。そこで、転入者と投票率の相関関係、たとえば、居住年数と投票率の因果関係を分析しているのか、また、投票率が低いと推測される、居住年数の浅い有権者の投票率向上のためにどのような対策を取っているのか、お答えください。
答弁と要望〜涙ぐましい努力、足りない智慧、そして、虚しい結果。
答弁としては満足のいく答えはほとんどナシでした。啓発事業に関しても、それぞれの事業は誰をターゲットにしているのかという「対象者」まではかろうじて考えられているのですが、「その対象者はなぜ投票に来ないのか」や「その対象者にその事業をすることによって何が変わり、どのようにして投票行動に結びつくのか」に関しては全く考えられていませんでした。また統一地方選挙の低投票率をふまえた参院選までの作戦変更などは特になし、転入者へのリーチも特になし、というところでした。
「対象者」としては「若者」になっている場合が多いようでした。確かに「若者は投票に来ない」はデータ上も明らかではあります(他の「投票に来ない層」へのリーチはほとんどないようでした)。若者向けに啓発資材(過去の例で言うと啓発標語入り蛍光ペン)を配る計画があるそうです。果たして若者は蛍光ペンをもらったら投票に行きますかね…。蛍光ペンに書いてある「かけがえのない一票を無駄にしないで!ハタチをこえたらあなたも有権者」を見て「そうか…。投票にいかなくては!」と思う若者は絶対にいないでしょう。蛍光ペンはタダじゃないですから、無計画に漫然と配ってはなりません。成人式でパンフ配ったり、ハタチになったらバースデーカードが届いたり。涙ぐましい努力はわかるけど、それでは、若者は振り向いてくれません、きっと。
「またあのバカ男から花が届いてるわ。気持ち悪いからゴミ箱に捨てといて」ってなるでしょうね。映画のヒロインなら、涙ぐましい努力を続けているうちに振り向いてくれたりするかもしれませんが、若者はもっとドライです。彼女はなぜ投票に行かないのか。彼女の気持ちを考えるところから始まるはずです。
若い人たちはどうすれば投票に来てくれるのか。新転入者はどうすれば投票に来てくれるのか。苦楽園の人たちはどうすれば投票に来てくれるのか。サラリーマンたちはどうすれば投票に来てくれるのか。真剣に彼らのことを考えて仕事をしてほしいですね。
また、明確なソリューションがあるではないからこそ、毎回の選挙で、散々アタマを使って新しい啓発活動を開発して、実験して欲しいのです。そして、選挙が終わるごとにそれを検証する。その繰り返しによって、啓発活動を意味のあるものにしていって欲しいのです。いったん一切の啓発活動をリセットして、ゼロから考え直した方がいいでしょう。
今回は選挙管理委員会に対して話をしましたが、この話は、全庁で実施されている「啓発活動」の全てに言えることです。
「人権を守ろう」って書いた団扇を配って人権抑圧がなくなりますかね。「ぼくはいじめない」とかいうCMを見て「そうだな、いじめはやめよう…」って思ういじめっ子は誰もいませんね。
発想が、優等生すぎなのです。たばこを吸うな・万引きするな・○○君をいじめるなと言われて「はいしません」って素直に思ってきた子どもはいません。なぜたばこを吸うのか、なぜ万引きをするのか、なぜいじめるのか。そこから始めないと、絶対になくならないですよ。投票に行きましょうとただ言われて投票に行く人は、きっと既に投票に行っている人です。
選挙期間中に「投票に行かないやつに罰金を科せばいい」という人もいました。しかし、私は投票っていうのは、そういうものじゃないと思っています。有権者はオトナですから。西宮に住む人たち一人ひとりがこのまちを愛し、この愛すべきまちの未来のために自分の意志で投票する。西宮市民をそういう行動に駆り立てる活動を私たちはアタマを使って考えなければいけないと思っています。
このまま投票率が下がっていったら、西宮の政治はどんどん質が下がってきます。市民参画条例もいいけれども、ずっと以前からある市民参画の手段である投票というものに、もっと西宮市民が向いてくれるような仕事に、選挙管理委員会は取り組むべきです。申し上げた全てのことは自分の政治活動に対しても言えることだという自戒の念を込めて、この質問を終わります。
あとがき〜「市民参画」という甘言に惑わされないためにこそ、
投票率向上が必要なのだ。
私は個人的に「市民参画条例」的なものやら「住民投票」やらに大反対です。それを認めるのなら、議会は不要です。また、首長を選挙で選ぶ必要がなくなります。「市民の平等な参画を保証された選挙によって選ばれた議会」の意見と、「住民投票の結果」の方向性が食い違った場合、そのどちらを「民意」とするつもりなのでしょう。
すでに平等に参画する権利のある「投票」というものがあるにもかかわらずそういったものを認めることによって、一部の「声の大きな利益団体」や「市民派を自称する左翼」が2重・3重に自らの意見を反映できてしまうからです。注意して監視しなければいけないのは、「市民参画」を声高に叫んでいる団体は、ほとんどは「市民派を自称する左翼」です。選挙だけでは自らの意見が自らの求めるほどには反映されないので、別の手段を創出しようとしているのです。
「市民参画条例」ができようが、「住民投票」が行われるようになろうが、「選挙で投票に来ない人」たちはそのいずれにも参加しないでしょう。そうして、投票に来る人たちと来ない人たちの意見の反映のされ方には、看過できない格差が生まれていくでしょう。そのとき、意見が重く反映されるのは「利益団体」や「市民派を自称する左翼」なのです。「投票に来ない普通の人へのリーチ」こそが、私の政治活動における最大のテーマなのです。
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