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2017-01-09

次代を拓くべき新成人たちへ。

新成人の皆さん、おめでとうございます。

さて、新成人の皆さんは、世間では「まだ若い」と扱われがちです。
ですから、年上の人からのアドバイスを聞かされることになります。
それは、もちろんみなさんのへの愛からくるモノではありますが、
ハタチのみなさんが大事にすべきことは、年上の人のアドバイスではありません。
それはどういうことか。

たとえば、年上の人たちが「無理だ・やめておけ」と言ったりします。
その人は、あなたがその挑戦に破れて失敗すること、
そして、その失敗があなたを大きく傷つけることを心配して
そう言ってくれているのです。
あなたへの愛ゆえにです。
彼は彼の経験上、あなたの挑戦が失敗に終わると思っているのです。

でも、その人が「無理だ」と言うのは「その人にとって無理」だっただけで、
あなたには可能かもしれません。
その人の限界より、あなたの限界がもっと遠いところにある可能性はじゅうぶんにあります。
また、たとえその人の言うように、あなたが失敗したとしても、
その失敗したところから、次の挑戦をすればよいだけの話です。
失敗して、傷ついて、だいじなものを失って、そして、そこからどうするのかこそが、
あたらしい価値を生み出せるかどうかなのです。

経験に基づく先人の言葉が価値を持つことも、ときにはありますが、
彼らの言葉に束縛されることなく、自らで判断し、新しい価値を創造することのほうが重要です。
自分で決断し、自分で挑戦し、自分で失敗し、自分で這い上がり、自分で限界を超え、自分で常識を疑い、
自分で新しい価値を創造し、自分で恋をし、自分で血と汗を流し、自分で幸せをつかむ、
そういう自由と責任があるんだという希望を、きょう成人式で新たにしてもらいたいと思います。

私の親は戦争の最中に生まれた世代です。
彼らはぼろぼろの日本がどうやって立ち上がるのか、ということを考えている日本に生まれ、育った人間たちです。
私は高度経済成長期に生まれた世代です。
私たちは右肩上がりに成長して先進国に仲間入りしたい、発展途上の日本に生まれ、育った人間です。
一方のみなさんは、とっくに文化的に先進国となった日本に生まれた世代です。
私の親の世代や、私の世代が幸せだと思ってきたものと、みなさんが幸せだと思うべきものは変わっています。
全く別モノです。
私の親の世代や私の世代が幸せになるために必要だと思ってきたものと、
みなさんが幸せになるために必要なものは変わっています。
私の親の世代は、安定していることや物質的に充足していることを幸せとして求めました。それは、
社会が安定していなかったし、物質的に充足していなかったからです。
一部充足している人が幸せに見えたから、それをめざしたのです。
でも、日本の治安はよくなり、物質的にも充足しました。
もはやそれを競うことが幸せとは言えなくなっています。
他の人よりちょっと高級な車や服を持つことがそんなに大事なのか、みなさんはアタマを傾げることでしょう。

私たちが育つときに大切にされてきたものと、みなさんが大切にすべきものはいっしょではないのです。
空気を読んで、和を乱さずに、言われたことをきちんとやる。
四の五の考えずに繰り返し同じことをやり続けることが成功に繋がる。
そういったことが何より重視された時代もありました。
そしてそれによって確かに日本は焼け野原から先進国に辿り着きました。
しかし、いま大切にされるべきものは、ほんとうにそうでしょうか。

いまのみなさんに必要なのは、焼け野原から先進国に成り上がることではありません。
これまで重視されてきた価値観に遵うことは、必ずしもみなさんの求める達成を勝ち取ることに繋がるとはいえません。
それに、彼らの考える幸せが前提としていたような、
年功序列の給料や、払ったより余分にもらえる社会保障制度は、もはやありません。
彼らの価値観に遵って生きていっても、彼らが定義した幸せを手に入れるかどうかすら怪しいでしょう。
みなさんは、文明的に先進国になり、社会的に成熟した日本で大人になったのです。
この日本でどんな価値を生み出し、どんな幸せを生きるのかは、自分で考えなければいけません。
指示を待たず、自分のあたまで考える。
既存の価値観を疑い、新しい価値に挑戦する。
それがみなさんに求められていることなのです。

私の尊敬する友人で、元サッカー韓国代表のJリーガーである指導者がいます。
彼は、「オトナが過剰に教えようとすると上手くならない」と言います。
「パスを待つな!もらいにいけ!」「ボールを取られたら取り返せ!」
日本には、試合中、ずっと怒鳴りっぱなしの指導者がたくさんいます。
でも、こういう指導者に育てられる選手は、
指導者の指示に反応して動きますから、指示なしには動けなくなります。
また、怒られることを恐れてチャレンジできなくなります。
そもそも、怒鳴られながらサッカーをするなんて楽しくありません。
いっぽう、育成大国と言われるベルギーでは、
試合中に指導者や保護者が指示を出せば即退場という規則だそうです。
オトナのやってほしいサッカーを押しつけて、彼らの芽を摘むのではなく、
自分で考えてサッカーを楽しむ選手を育てようと考えているからなのです。
ベルギーでサッカーをする子供たちに求められていることは、
規範に遵うことや、練習で習ったことを正確に実現することや、指導者に従順であることではなく、
自分で考えること、挑戦すること、サッカーを楽しもうとすることなのです。''
いまの日本のサッカーの指導者たちは、もしかしたら指示されて怒鳴られて、強くなったのかもしれません。
でもいまのサッカー選手たちもほんとうにそうなのでしょうか。
日本のサッカー少年たちが自分で考えてサッカーを楽しむようになれば、
その世代がトップレベルの選手になるその10年後に、
日本のサッカーはW杯で世界を驚かせることになるでしょう。

何を自分の幸せと定義するのか。
自分はどんな考えかたに遵ってこれから社会で動いていくのか。
それを自分で考えること、それこそがオトナになるということです。
私には創れない西宮を、私には創れない日本を、私には創れない世界を、
みなさんには創ってもらいたいですし、
私には想像できない幸せで、人生を彩って欲しいと思います。

みなさんが、これまでの人たちには無理だったことに挑戦し、
新しい価値を創造できなければ、社会は発展しません。
みなさんは、
私たちの世代に発明できなかったものを発明し、
私たちの世代に救えなかった人を救い、
私たちの世代が実現できなかった夢を実現する人たちです。
みなさまの若さに対して、最上級の敬意を表すことで、
私の式辞とさせていただきたいと思います。

あらためまして、本日は誠におめでとうございます。

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