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    • この週末で四周目が終わり、週明けからは五周目に入る。

2011-03-04

この週末で四周目が終わり、週明けからは五周目に入る。

年があらたまって、「いまから四ヶ月、一切の安らぎも息継ぎもない日々が始まる」と思ってから、
気がつけばまる二ヶ月の日々が過ぎ去りました。

始めのころは、毎晩休む前に読経したり、愛する遠い人を想って心の中で語りかけたりしていたな、と、
ずいぶん前のことのように思い起こしました。

二ヶ月前の私は、まだ孤独や恐怖に支配されていたということでした。
そのころも「もう恐れるものは何もない」というようなことを言っていたような気がしますが。

この頃は、夕食のメニューを少し変えてみたり、寝る前に小説を読んだりするようになりました。
買いものに行ったら、何かひとつは果物や菓子を買ったりするようになりました。

気が緩んだというのではなく、
朝五時に起きてから24時に寝るまでの一連のことを、一層淡々と送っているような気がします。
といいつつ、少し先になれば、この三月上旬を思い起こして、
「あのころはまだ迷いや恐れが…」と思うかも知れませんが。

たいへんな活動を共にしてくれている若い仲間たちは、ついこの間まで、「同志」でしたが、
毎日寝食を共にしているうちに、ほんとうに自分の子供たちになりました。
学年が上の子から順番に兄姉、弟妹になってきて、彼らお互いも、きょうだいのようです。

悲しいことや不愉快なことは、ほんとうに短時間で完全に記憶から抹消できるようになりました。
嬉しいことや感謝すべきことを、無理に日々の活動の原動力にすることもなくやっております。

走ってポスティングしているときに、犬を散歩させていた奇麗なご婦人に
「あら。ご自身でポスティングなさっているのね。チラシで見るよりいい男じゃない」
と微笑みかけられたり、
凍えそうになりながら駅立ちをしていたら、売店の姐さんに
「寒いのにごくろうさまやね」と温かい缶コーヒーをもらったり。

四年前は、「手応え」とか「反応」を非常に気にしていたような気がします。
でも、美人の微笑みや温かい缶コーヒーは
「反応」などに変換して積み重ねたりするべきことではなく、
毎日の活動、それも半年まえにはとても辛くて長いと思っていた活動を、
日々楽しく過ごすために、ありがたくちょうだいするべきものだと思うようになりました。

週末で市内ポスティング四周目が終わります。週明けからは五周目。
四年前は、もっと西宮を広いと感じていた気がします。