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2007-10-11

このところ、仕事が異常に忙しくて心地よいな日々でした。
仕事以外のことを気にせずにすむので。
きのうも、金木犀の香りを感じながら家路をいそいだ、そんな日でした。
そして、その、仕事と日常に静かな喜びを感じていた私は
突然、テロの対象とされた。

政治家というしごと。
安寧はない。蹂躙がある。
賞賛はない。誹謗がある。

それでも、私はきょうも政治をする。西宮と政治の未来のために。
それは、人のためではなく、自分の使命と誇りのために。

苛立ったり、悲しんだりしている暇があったら、
目の前にあるしごとをする。
それ自体をよろこびとして。

それによって、私は、生きている。

まずはくだらないことだが。


充実した仕事のことを書こうと思ったが、
誤解を招いている以上、先ずは火の粉を払わなければならないのだろう。

何万・何百万という発行部数を誇る新聞は、
所詮いちにち数百アクセスのサイトのいち市議会議員など片手でひねれる、
と思ってであろう、このテロリズム。
まったく、しかたがない。

朝日新聞を読んだ人からぱらぱらメールがくる。
だからちゃんと説明しておかねばならん。

といっても9月12日の日記で書いた内容です。

以前、私が仕事中に、
無遠慮に蒼志会の部屋に「タクチケのことで取材です」などといいながら、
某新聞屋が入ってきたので、
「なにアポも取らんときとんのや。
 おれが新聞社に『社長おりますか』とか言いながら入っていったら
 即つまみ出されるやろうが!」
と言って追い出してやったこともあるから、
根に持って「今村議員、タクチケを北新地→西宮で使用」とか書かれたりしてね。

と書いたとおり。
なぜ、全部のタクシーチケットが公開されたにも関わらず
今村が主に槍玉に挙がっているかと言えば。
朝日の記者があまりに行儀が悪いので説教をしてやったことがあり、
それを恨んでのこのテロ行為、ということ。
マスコミは自分の思い通りにならないやつがいるとすぐこういうことをする。

北新地から西宮にタクシーチケットを使ったのは事実だが、
タクシーチケットは正当に支給された範囲で仕事に使っている。
そもそも北新地はビジネス街であり、飲みに行っていたわけではない。
「北新地駅」の定期を持っている人は、
何も歓楽街に通い詰めるために定期を持っているわけではないだろう。

まずは新聞屋の相手をさせられた。


きのうの朝、蒼志会で会議をしておりました。

そうすると神戸新聞の記者が入ってきました。
「ちょっとお話し訊かせていただけませんでしょうか?」
何の話かしら。

「タクシーチケットについてなんですが」

ああ、このはなしか。
あとで相手にしてやる。

「いま会議中なんですが。」

そうしたら。
「急ぎの用なんですが。」

え?
何か頼んでいたかしら、あなたに?
「こっちに急ぎの用はないが。」

「いえ、夕刊に間に合わせたい記事がありまして」
いや、それはそちらの都合だろう。
私には関係ない。

「いまは会議中だ。いまは相手にできん。」

そういうと、こういう記事に↓

また、別の男性市議(34)は、北新地-西宮間(〇五年十月)、京都駅-祇園間(〇六年二月)で計約七千四百円分を使用。公開された十日午前は会派の会議中で、神戸新聞の取材に対し「会議中なので答えられない」とした。

まるで疾しいことがあって逃げまどう人間のような書かれ方。

そうこうしているうちに議会事務局から電話。
「新聞記者の方が会いたいとおっしゃっていますが」

こっちは暇ではない。
この日は、10時から12時が会議、13時から16時が勉強会、18時半から京都で会議の日程。

「後でまとめて相手にしてやるとおっしゃっておいてください」

会議が終わったら朝日新聞が2名、NHKが1名、やってきた。
彼らの取材、とやらを受け、
「仕事でしたよ。北新地はビジネス街ですからね。」と申し上げた。
簡単に話を聴いたら彼らはさっさと帰って行った。

それが、こういう記事に↓

公費タクシー券で祇園、北新地へ 西宮市議名を公開
 兵庫県西宮市は10日、市が公費負担して市議に支給し、使用した市議の名前が載ったタクシー券のコピーを初めて公表した。昨年12月、支給タクシー券で京都・祇園や大阪・北新地と行き来していたケースが判明、市民から批判が出ていたが氏名は公表していなかった。朝日新聞の取材に応じた市議たちはこの日、「公務に関連した適切な使用だった」「どこで使ったのか覚えていない」などと説明した。
<中略>
 大阪・北新地―西宮、東京・渋谷―平和島間などの乗降の記載があった今村岳司市議(34)は、「北新地では企業関係者からヒアリングをした。券をプライベートで使ったことは一度もないが、会合場所や会った相手など細かな内容は覚えていない」「東京に行った際に平和島にある知人宅に行った」と話した。
<後略>

まるで疾しいことがあって言い逃れをする人間のような書かれ方。

彼らは取材にきたのではない。
勝手に書きたいことがあって、そのための部品を拾いに来たのである。
それに私は付き合わされた格好になったのである

しかも、北新地でヒアリングをしたのではない。
ヒアリングは梅田1丁目だ。
2年前のヒアリングの件を憶えていないのは当然だろ。
常時何件もの政策課題の研究を抱えていて、毎日のようにヒアリング。
2年前の某日の夕食の内容を憶えていないのと何が違うのだろうか。

そもそも、渋谷―平和島ってどうかしたの?
と訊くと、平和島には競輪だか競艇だかがあるらしい。

私は東京に出張するときには、以前の塾生の家に泊まる。
ホテル代がもったいないからだ。
おい、伊吹よ。
おまえが平和島の社宅にすんでいたから妙な誤解を受けたじゃないか。

ところで、後述の共同通信からは、こんなメール。↓

共同通信社神戸支局記者の○○○○○と申します。西宮市公費負担のタクシーチケットの券で、今村岳司市議に早急にご連絡を取りたいので大変恐縮ですが、できるだけすぐに090*******に直接お電話をいただけると助かります。

自分の用事で折り返し電話を要求するのはありえないビジネスマナー違反だ。
よって、無視。

こんどはなんと自宅にテレビがきた。


13時から16時の勉強会に出席して帰宅し、時刻表を検索。
メールの返信をし、1830の京都での会議に間に合うようにと着替えをしていたら
呼び鈴が鳴った。

何かと思って戸を開けると、
戸口にはマイクを持った記者、
その後ろにはテレビカメラがこっちを狙っていた。
さすがに初めての経験だ。

「タクシーチケットの件について新聞に名前が出ていましたが…」
私は、着替えの途中で、上半身は下着だ。
さすがにキレた。

「そこだとじゃまになる、部屋に入れ」
そうこうしているうちに共同通信の記者もきたので、まとめて部屋に上げた。

「おれはいまから京都で会議だ。たいへん忙しい。
 でも、大サービスだ。じっくり話をきかせてやろう。」
すぐに会議のメンバーに連絡した。
「すまん。会議には2時間遅れる

しばらく説教は続いた。
とにかく、まずはアポなしで人の家まで押しかけたこと。

会議のメンバーが私の不在を許容してくれなければ私は追い払っていた。
そして、不機嫌に「忙しいから」と言って戸を締めて逃げる半裸の今村という映像が夕方のニュースに流れる羽目になっていたはずだった。

「こういうのは取材といわない。失礼ではないか。」
「しかし、公人だから市民に対して説明する責任があるはずだ」
半裸で?
戸口で?
アポイントの時間をずらして?

私は彼らに言った。
「要は、『戸口で不機嫌にマスコミに疚しいことを隠すかのように対応する今村』という画像を撮りに来たんだろ?」

彼らは答えられない。

その後も延々と説教を続けた。

政治というものに、市井は不信感をもち、期待を失っている。
自分は政治というもののイメージを少しでもよくしようと
9年間政治をやってきた。
それでも、こういう拙速な報道によって全て無に帰す。
信頼を積み重ねるには長い時間がかかり、失うのは一瞬。
あなたたちもただのゴシップ記者じゃないというプライドがあるのなら、
自らの報道によって世を変えたいと思っていよう。
それで為したことがこの狼藉か。
もし、世を少しでも善くしようと思って報道をするなら、
ただの広告収入でめしを食うサラリーマンという以上のプライドがあるのなら、
日々西宮市議会で行われている議論の取材に来ない?
政治を始めて9年、西宮市議会はだいぶん変わった。
少しずつだけど善くなってきた。
まだまだ目に見えて、とまではいかないけどな。
こつこつ、これを続けていくことによって、
必ず政治への信頼を取り戻せると思って活動してきた。
少しずつ善くなる西宮市政について、なぜ取材に来ない?
おまえたちのこういう仕業によって、
西宮はまた政治への期待を失うだろう。
それでも私はあしたから、また政策をつくる。
西宮が少しでも善くなるためにな。
私は、生活の安寧も捨て、人並みの仕合わせも捨て、
ただ政治を少しでも善くするという使命に生きている。
私は自分の政治に対して一点の恥もない。
まるで犯罪の容疑者のように戸口にカメラをつっこまれるような筋合いはない。
あれは。明確に。卑劣な暴力だ。

そうこうしているうちに共同通信の記者はノートをまとめて逃げるように帰って行った。

「私たちは新聞とは違って映像を持って帰らなければ取材にはならない。だからカメラを回していた」
記者はこういった。
まあ、その通りだろう。

「ならば、いまから部屋の中できちんとカメラを回せばよい。
 会議はキャンセルだ。
 ちゃんとインタビューをしてみろ。
 そして、『公人』として取材したいのであれば、
 私に服を着せろ。
 私は公の場では刺青剥き出しではないのでな。」

彼らは部屋にカメラをセッティングした。
そしてカメラを回した。
記者はインタビューをした。
そして、名刺を置いて帰って行った。

あの映像が使われるかどうかはわからない。
むしろ、直接話を聴いていないあの記者の上司は
「都合のいい言い訳を延々とするする容疑者」の映像など使うことはないと考えるのがふつうだろう。

でも、いいのだ。
どのような報道がなされ、どのように見られるか、
などは、考えてもしかたのないことだ。
自分に左右できること以外のことに不安や関心をもたない、
というのは、私の根本的な行動哲学だ。
いまの自分ができること、しなければいけないことだけに集中して
ただ、それをするしかないのだ。

約3時間にも渡って今村の自宅にいる羽目になった彼らは、
夕方のニュースに間に合わせるべき映像も記事も取れなかった。
でも、「取材」という名において、
自らがつくったストーリーに合う部品を拾って廻った連中より、
状況を知ったはずだ、とは言っておいた。

政治家というしごと。
安寧はない。蹂躙がある。
賞賛はない。誹謗がある。

それでも、私はきょうも政治をする。西宮と政治の未来のために。
それは、人のためではなく、自分の使命と誇りのために。

苛立ったり、悲しんだりしている暇があったら、
目の前にあるしごとをする。
それ自体をよろこびとして。

それによって、私は、生きている。