• 2018-02-11
    • 大坂城石垣石丁場跡東六甲石丁場跡が国指定史跡になります。

2018-02-11

大坂城石垣石丁場跡東六甲石丁場跡が国指定史跡になります。

このたび、西宮市に2例目の国指定史跡がうまれることになりました。
(1例目は大正11年指定の西宮砲台)

【大坂城石垣石丁場跡東六甲石丁場跡】が正式名称で、かみ砕いて言うと、
徳川による大坂城再建にともなう石垣の石材を採石・加工した石丁場跡が、
甲山町(甲山森林公園の南端・関学奥上ヶ原浄水場の西)の森の中に見つかった、
ということです。
面積は約6万5千平方メートル!

・徳川氏による大坂城再築にかかる最大規模の石丁場
・石丁場の保存情況が極めて良好
・採掘途中の石材、採掘坑、石材一時集積場など、石丁場における一連の作業過程がすべて確認できる
・佐賀鍋島藩単独による石丁場の可能性が高く、藩による作業の様相の推定もできる
このあたりが国指定史跡として高く評価された理由です。

【徳川大坂城の石垣について】
安土桃山~江戸初期に史上最高レベルに達する築城・石垣技術の究極は、
豊臣大坂城を完全に埋め立てて造られた徳川大坂城でした。
大坂夏ノ陣1615で豊臣滅亡したあと、豊臣に優る徳川の威光を轟かせるために、
豊臣大坂城を完全に埋め立ててその二倍の大きさの城を造る、
しかも大規模な公共事業に西国大名を駆り出すことで彼らに金と労力を使わせる。
その事業こそが徳川秀忠による大阪城再築という事業でした。
一説にその石材の総数は百万個。
西国大名にとってはたいへんな事業ですが、
最高の城を造る事業への参加はたいへん誇らしいものだったとの推測もされます。
徳川大坂城、江戸城、名古屋城こそが、城郭建築の最高峰だったのです。
それまでの自然石の乱石積ではなく、石の規格を揃え、巨大にすることで、
垂直に近く高い石垣が造られるようになりました。
そして、その石材として喜ばれたのが美しく堅い花崗岩で、
東六甲は質の高い花崗岩の産地として、瀬戸内島嶼部と並んで有名でした。
六甲の花崗岩の品質は、のちに御影石ブランドとして全国に流通しました。

【西宮の遺跡について】
東六甲の石丁場の中でも最大のものが今回国史跡に指定された場所で、
東六甲石丁場(今回のもの以外にも芦屋や東灘区まで広がっています)を代表して指定史跡になりました。
この石丁場には
・露天掘り初期の状態
・露天掘りをおこない、石に矢穴列を開けてまさに割取ろうとしている状態
・端石(石垣に使えない切れ端)が残る状態
・石材を引きずり出して集めた出荷直前の状態
が無数に存在しているほか、
・幅20m以上/深さ10mの人工的な谷を掘削してその周囲を露天掘りし、谷に落として引きずり出す作業場の集合体が複数見つかっていること
・それぞれの作業場が極めて良好に遺っていること
がこの遺跡のすばらしさです。

【西宮市文化財課の調査】
今回の指定は、史跡じたいの値打ちだけではなく、西宮市文化財課の調査の質も高く評価されています。
西宮市の調査までの採石場の調査と言えば、刻印がある石を探しては既存の白地図に目分量で書き込んでいく、という程度でした。
今回の西宮市の調査では、市内測量会社の提案により、
1)航空レーザー3D測量
2)測量士による現地測量(実は土日にほとんど手弁当/ボランティアで…)
3)考古学専門学芸員による現地の悉皆調査
の三段階で調査されました。
はじめの1)で、露天掘りのクレーターや巨大な人口の谷までもがリアルに判別できたことから、
県教委文化財課と文化庁記念物課に成果を共有し、日本考古学協会で全国初の快挙として発表されました。
これを以て、「西宮レベル」は、今後石丁場の調査のスタンダードとなっています。
この石丁場についての西宮市文化財課の調査は、現在全国トップにあると自負しています。
タイトル
↑※航空レーザー3D測量の図。写真左側真ん中よりやや上、や、そのさらに上に、石を運び出すための人工の谷が見えます。この谷に房になるように露天掘りのあとがたくさんあります。

さて、先日、この発見を契機に、先行して国指定史跡となっていた小豆島町が中心となって大阪歴史博物館でシンポジウムが開かれ、
西宮市文化財課からも、このプロジェクトを担当してくれた学芸員の森下先生が参加してくれました。
タイトル
大正時代の西宮砲台の史跡指定から95年ぶり、市制施行後初の国指定史跡です。
西宮は歴史上重要なものがないと勘違いされがちですが、このことをきっかけに、
西宮の地元歴史を見直すきっかけにしてほしいと思っています。
ということで、

■2/25市政ニュース一面で詳しく紹介します。
2/26-3/9市役所一階南側で写真パネル展を開催します
3/11日・現地甲山で巨石ツアーおこないます
└1030-1200@甲山森林公園/無料/定員先着40名
└当日1015からパネル紹介ブースで受け付けます
3/25日・国史跡指定記念セミナー「大坂城石垣石丁場跡東六甲石丁場跡とは何か」
└0930-1145@プレラホール/無料/定員先着250名
└参加者のうち希望者には午後から現地ツアーあり
※最新の情報/行事詳細は文化財課(33-2074)まで
ぜひお楽しみに。

タイトル
↑鍋島藩のサインです。正方形の中に菱形、その横に長方形。わかりますでしょうか。
タイトル
↑しっかりと矢穴が掘られていますが、割られることなく放置されています。カタチや大きさや質に問題があったんだと思われます。
タイトル
↑現地でも最大級の石です。
タイトル
↑ここが人工の谷です。たくさんの石があります。

また、昨年一月にblogでも紹介しました、高畑町遺跡の成果を中心としたシンポジウムもひらきます。(石丁場モノではないです)
http://xdl.jp/diary/?date=20170104#p01
シンポジウム「新発見・西宮の地下に眠る古代遺跡-浮かびあがる武庫郡の中心」
3/17土@大手前大学さくら夙川キャンパスA44/無料/申込不要
※最新の情報/行事詳細は大手前大学史学研究所(32-5007)まで
こちらもぜひ。

西宮は文教住宅都市ですから、文化施策は極めて重要な政策分野です。
これまでこの分野への予算も削られ続けてきましたし、政策の中で重要視されていませんでした。
文教住宅都市だからこそ、一人でも多くの市民のみなさんに、
西宮の歴史や文化について関心を持ってもらいたいと思っています。
西宮の古地図や古文書や古写真を見られる「デジタルアーカイブ」もぜひご覧ください。

【にしのみやデジタルアーカイブ】
https://archives.nishi.or.jp/


2018-01-08

市長として出席させてもらう、最後の成人式でした。

新成人の皆さん、おめでとうございます。
また、ご来賓の皆様におかれましては、お忙しいなかご臨席を賜り、誠にありがとうございます。
また、これまで、この成人の日のつどいを準備してこられた実行委員のみなさんのご努力に敬意を表します。

        ■

さて、新成人の皆さんは、もうとっくに有権者でもあり、
すでにお仕事なさっている方、お子さまおいでの方もいらっしゃいますが、
世間では「若い」と扱われがちです。
ですから、年上の人からのアドバイスをしばしばお受けすることになります。
それは、もちろんみなさんのへの愛からくるモノではありますが、
ハタチのみなさんが大事にすべきことは、必ずしも年上の人のアドバイスではありません。

たとえば、年上の人たちが「無理だ・やめておけ」と言ったりします。
その人は、あなたがその挑戦に破れて失敗すること、
そして、その失敗があなたを大きく傷つけることを心配してそう言ってくれているのです。
あなたへの愛ゆえにです。
彼は彼の経験上、あなたの挑戦が失敗に終わると思っているのです。

でも、その人が「無理だ」と言うのは、「その人にとって無理」だっただけで、あなたには可能かもしれません。
その人の限界より、あなたの限界がもっと遠いところにある可能性はじゅうぶんにあります。
また、たとえその人の言うように、あなたが失敗したとしても、
その失敗したところから、次の挑戦をすればよいだけの話です。
失敗して、傷ついて、だいじなものを失って、そして、そこからどうするのかこそが、
あたらしい価値を生み出せるかどうかなのです。

経験に基づく先人の言葉が価値を持つことも、ときにはありますが、
彼らの言葉に束縛されることなく、
自らで判断し、新しい価値を創造することのほうが重要です。
自分で決断し、自分で挑戦し、自分で失敗し、自分で這い上がり、
自分で限界を超え、自分で常識を疑い、
自分で新しい価値を創造し、自分で恋をし、
自分で血と汗を流し、自分で幸せをつかむ、
自由と責任があるんだという希望を、
きょう成人式で新たにしてもらいたいと思います。

        ■

私の親は戦中戦後に生まれた世代です。
彼らはぼろぼろの日本がどうやって立ち上がるのか、
ということを考えている日本に生まれ、育った人間たちです。
私は高度経済成長期に生まれた世代です。
私たちは右肩上がりに成長して先進国に仲間入りしたい、
ということを考えている発展途上の日本に生まれ、育った人間です。
親たちの世代は、安定や物質的充足こそが幸せでした。
高級車、ブランドバッグ、ハワイ旅行、ゴルフ会員権。
彼らは同じようなものを幸せの究極と規定してそれをめざしました。
それに何となく違和感をもった人も、周りがみんなそれをよしとするので、
それをめざさなくてはいけないような同調圧力を受けていました。
それがは、社会が安定していなかったし、物質的に充足していなかったからです。
一部充足している人が幸せに見えたから、それをめざしたのです。

一方のみなさんは、とっくに文化的に先進国となった日本に生まれた世代です。
私の親の世代や、私の世代が幸せだと思ってきたものと、
みなさんが幸せだと思うべきものは変わっています。全く別モノです。
私の親の世代や私の世代が幸せになるために必要だと思ってきたものと、
みなさんが幸せになるために必要なものは変わっています。

日本の治安はよくなり、物質的にも充足しました。
もはやそれを競うことが幸せとは言えなくなっています。
他の人よりちょっと高級な車や服を持つことがそんなに大事なのか、みなさんは首を傾げることでしょう。
私を含む年長者たちが育つときに大切にされてきたものと、みなさんが大切にすべきものは同じではないのです。
空気を読む、自分の主張を控える、言われたことをきちんとやる。
四の五の考えずに繰り返し同じことをやり続けることが成功に繋がる。
そういったことが何より重視された時代もありました。
そしてそれによって確かに日本は焼け野原から先進国に辿り着きました。
しかし、いま大切にされるべきものは、ほんとうにそうでしょうか。
いまのみなさんに必要なのは、焼け野原から先進国に成り上がることではありません。
これまで重視されてきた価値観に遵うことは、
必ずしもみなさんの求める達成や幸せを勝ち取ることに繋がるとはいえません。
それに、彼らの幸せが前提としていたような、年功序列の給料や、払ったより余分にもらえる社会保障制度は、
もはやありません。
彼らの価値観に遵って生きていっても、彼らが定義した幸せを手に入れるかどうかすら怪しいでしょう。
みなさんは、文明的に先進国になり、社会的に成熟した日本で大人になったのです。
この日本でどんな価値を生み出し、どんな幸せを生きるのかは、自分で考えなければいけません。

「幸せ」のカタチが変わったのではなく、きまりきった「幸せ」のカタチなどなくなったのです。
何が「幸せ」なのかを自分で決めて、それを実現するために生きることが求められているのです。
指示を待たず、自分のあたまで考える。
既存の価値観を疑い、新しい価値に挑戦する。
それがみなさんに求められていることなのです。

私は昭和47年に生まれた45歳です。
ちょうどバブルが弾けたころに成人した世代です。
ほんとうは、その時代から日本は、共通テンプレの「幸せ」などない先進国になっていたのです。
ただ、戦後日本の発展と共に歩んできた世代が現役だったこれまで、
日本はなかなかその現実を理解しようとしなかっただけなのです。

        ■

私の友人の元Jリーガーは、
「ジュニア期にはオトナが過剰に教えようとすると上手くならない」と言います。
「パスを待つな!もらいにいけ!」「ボールを取られたら取り返せ!」
日本には、試合中、ずっと怒鳴りっぱなしの指導者がたくさんいます。
でも、こういう指導者に育てられる選手は、指導者の指示に反応して動きますから、
指示なしには動けなくなります。
また、怒られることを恐れてチャレンジできなくなります。
そもそも、怒鳴られながらサッカーをするなんて楽しくありません。
いっぽう、育成大国と言われるベルギーでは、
試合中に指導者や保護者が指示を出せば即退場という規則だそうです。
オトナのやってほしいサッカーを押しつけて、彼らの芽を摘むのではなく、
自分で考えてサッカーを楽しむ選手を育てようと考えているからなのです。
ベルギーでサッカーをする子供たちに求められていることは、
規範に遵うことや、練習で習ったことを正確に実現することや、指導者に従順であることではなく、
自分で考えること、挑戦すること、サッカーを楽しもうとすることなのです。
いまの日本のサッカーの指導者たちはもしかしたら指示されて怒鳴られて、強くなったのかもしれませんが、
それがいまのサッカー少年たちにあてはまるかどうかは疑問です。

また私の友人の元プロ野球選手の指導者に、
「なぜ甲子園を驚かせたような選手なのにプロに入って成功しない選手がたくさんいるのですか」ときいたら、
彼はこう答えました。「コーチが潰すんです」と。
ほんらいプロに入るような一流の選手たちは、若くても自分のやりかたをもっています。
むしろスカウトはそういう選手を選んで指名しているのです。だから彼曰く、
彼らはプロに入っても自分のやりかたでやるべきだといいます。
ほんとうに迷ったりわからなかったりしたら、
自分が誰のアドバイスなら聴くのかを自分で見極めて自分で聴くべきだ、と言うのです。
どの若い選手にもアドバイスを求められない中途半端な指導者が、
自分をゆうに越えるような素材に手を出して彼の素材を潰していく、と彼は嘆いていました。
彼曰く、あるパリーグの球団では、指導者が個別にある選手に指導することを固く禁じているそうです。
その指導者の独善的な指導が素材を潰してしまうからだそうです。
その選手への指導はどういうものであるべきか、必ず指導者たちが議論をして選手と相談して決めるそうです。
これからのみなさんは自分でどのように練習し、成果を出していくのかを、
自分で決めてその責任をとっていく必要があるのです。

        ■

何を自分の幸せと定義するのか。
自分はどんな考えかたに遵ってこれから社会で動いていくのか。
それを自分で考えること、それこそがオトナになるということです。
私には創れない西宮を、私には創れない日本を、私には創れない世界を、みなさんには創ってもらいたいですし、
私には想像できない幸せで、人生を彩って欲しいと思います。

みなさんが、これまでの人たちには無理だったことに挑戦し、
新しい価値を創造できなければ、社会は発展しません。
みなさんは、
私たちの世代に発明できなかったものを発明し、
私たちの世代に救えなかった人を救い、
私たちの世代が実現できなかった夢を実現する人たちです。
みなさまの若さに対して、最上級の敬意を表します。

        ■

じぶんごとで恐縮ですが、私はこの5月で市長を引退します。
26歳から19年間やってきた政治家人生で、政治家としてやらなくてはならないことをやり切ったからです。
きょうを含めこれまで4回、市長として、これからの世界を創る新成人のみなさんにメッセージをする機会をいただきました。
それはほんとうに誇らしいことでした。

ただ、私はまだ45歳ですので、これから別の選挙に出たり、「元市長業」で食べたりするつもりはありません。
ぜんぜん違う分野に挑戦し、もういちど人生を楽しみたいと思っています。
いま私はみなさんと同じく、あたらしい挑戦を始めようという気持ちに満ち溢れています。
みなさんに負けずに、これまでの人に創れなかった世界をまた創りたいと思っています。
みなさん、がんばってください。
私も負けずにがんばります。

以上で、私の式辞とさせていただきます。
あらためまして、本日は誠におめでとうございます。


2018-01-05

きのうの報道についての会見をおこないました。

きのう新聞記者に暴言を吐いたことが大きく報道されているようなので、
きょう会見をおこないました。

昨年末、すでに休みに入っている日に、ある記者が自分が妻と住んでいる自宅にまでやってきました。
私有地にまで入ってきて「市長の進退云々」と取材を試みました。
私は、いちばんに引退することとその理由を伝えるべきは職員と考えていましたし、
そもそも退去を命じているにもかかわらず私有地にいたので、話すつもりはないから帰れと言いました。
そしてすぐ市長室を通じて新聞社に抗議を申し入れました。
(あとで調べましたが、私の土地は囲繞していないので"住居侵入罪≒不法侵入"にはあたらないようです。"所有者が退去を命じているにもかかわらず私有地に侵入した"が事実です。ただ、私は訴えようと思っていたり逮捕しようとしたりしたわけではないので、私には大きな問題ではないです。ちなみに会見では「不法侵入」と先に言ってしまったので「私有地に侵入」と言い換えています。これは明確に事実なので。)

そしてきのう。
その記者は、私が幹部に対して話をした直後に、
私の進路を遮るようにレコーダーを持って取材をしようとしてきました。
私は、まずは彼から謝罪を受けられると思っていたので腹を立てて暴言を吐いてしまいました。
午後には彼の上司とも話し、年末のことを彼から謝罪していただけるなら、
暴言について彼にも謝罪しよう、そうすれば笑顔で握手もできるだろう、と話しました。
暴言を吐いた彼には申し訳ないと思っていますし、抗議文については謝罪文を返しています。

ただ、私と当該新聞社及び記者の問題であって、他の報道機関は関係ないです。
きょうの会見でも挑発してさらに何か引き出そうという記者がたくさんいましたが、
さらに挑発に乗って彼らの欲しいものを提供するつもりはありません。
昨年末の記者の行為を通常の取材行為だという関係者もいましたが、そうは思いません。
取材の名の下にあらゆる暴挙が許されるとは思っていませんし、
報道の名の下にあらゆる侮辱行為が許されるとは思っていません。
そして私も公人だから何をされてもしかたないとは思っていません。
きょうも会見のあとエレベーターに乗り込む私にカメラを強引に寄せてきたカメラマンがいました。
ちゃんと座って会見を開いたのだから、写真を撮りたければそれで足りたはずです。
私にまた暴言を吐かそうと仕向けようとした挑発行為のつもりだったと思います。
そして私を含むあらゆる国民は、これらの行為に対しては効果的な対抗手段を持ちません。
そもそも彼らは何のためにこれらの行為をするのかも理解できません。
私がきのう記者に対して吐いた暴言に対して謝罪のつもりがあることと、これらは別問題です。

きのう私が幹部に話している一部始終には記者も取材で入っていました。
そしてその原稿も直ちにWEBに公開しています。
閉じたところで秘密に発言しているわけでもなく、じゅうぶんに情報公開しています。
それをもとにじゅうぶん記事は造っていただけるはずで、追加で話すものなどありません。
そもそもきのう記事になったのは暴言の件ばかりで、訊かれるはずのことはすべて話したにもかかわらず、
引退についての詳細の記事はほとんどありませんでした。
仕事始め式が終わったあとに殺到した彼らが欲しかったものは何だったのかよくわかりません。

内容についてはあの場で幹部に話した以上でも以下でもないですし、
直接話す機会をいただく場ではその方々にたいしてお話しをさせていただいています。
いずれにしても、自分自身のたいせつなメッセージを報道機関を通じて発信することはありません。
曲げて伝えられたくないメッセージはこうして自分自身で発信します。

きのうの日程。

0830 副市長MTG
0845 庁議
1000 仕事始め式
1100 教委仕事始め式
1300 宮っ子Jリーガー祭
1600 中央病院仕事始め式

きょうの日程。

0830 副市長MTG
0900 裁判関連
0930 記者会見
1000 国保答申受け
1030 交通関連打ち合わせ
1115 来客
1130 防災関連レク
1145 来客
1230 会合
1400 議会関連
1500 会合
1800 会合
1830 会合